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第二章 獣人の国と少年 (十八-前)
隣ですやすやと眠るシルヴァンの横で夜宵はその寝顔をじっと眺めていた。
端正な顔立ちのこの男が自分の番(になる予定)であり、一生添いとげると決めた相手。
夜宵自身、まさか自分にそんな相手ができるとは考えもしていなかった。
夜宵には、まだシルヴァンに話していない過去がある。
そっと自分の腕を抱き抱えるようにして体を縮こめたこの姿勢は夜宵の昔からの癖。
赤黒く変色し硬くなってしまった夜宵の腕は、レンでの暴虐をいつでも夜宵に思い出させる。
幼い時から隠れるように過ごしてきたが、シルヴァンと出会ってからは怯えて暮らすことは無くなった。
小屋から出ない生活をしていた夜宵が今では一人でも外に出ている。港街では少しだったが働いた。
王宮にいる間は護衛の騎士が居るし敷地内ではあるが、外に出て庭を歩き回っている。
きっとシルヴァンと一緒にいればしっかり日の移り変わりを感じながら生きていくことができるだろう。
世界を広げてくれたシルヴァンには感謝している。だからこそ、いつかはしっかり話さないといけない。
シルヴァンと一緒に居ると決めた以上避けては通れない道であり、もしこれを話してシルヴァンといられなくなる未来が来るのであれば番が成立する前でないと後戻りも出来なくなる。
満月まではあと五日。早いと明日か明後日には発情の兆しが来るだろう。ゆっくり考える時間は残されていない。
――明日、話そう。
そう心に決め、夜宵はシルヴァンを起こさないようにベッドから静かに抜け出した。
行く所もこれと言って無いので、変わらず庭に出て風に当たる。
すると夜であるにも関わらず頭上を何かが通過したのか一瞬影がよぎった。
見上げると満天の星空を背景に大きな翼をはためかせて飛行する姿が夜宵の目に写った。
どうやら夜宵がいる場所の上空をぐるぐると回っているようだ。
まんまるに近くなりつつある月の下を通過したときそのシルエットがはっきり見え、ただの鳥ではないことは理解した。
胴体や足がしっかりとした大きさであり、ふと港街でシルヴァンの屋敷を抜け出したときに迷い込んだ森で出会ったタルデを思い出した。
タルデも背中に立派な翼を有していた。
おそらく今上空を飛行しているのもタルデのような夜行性の鳥の獣人なのだろう。
翼で風を切る感触はどんな感じがするのだろうかと両腕を広げて上下や前後に振ってみたが、羽を持たない夜宵ではそよ風程度にしか感じられなかった。
その動きが気になったのか後ろから警備にあたっていた騎士から声がかけられ、見られていた恥ずかしさから「なんでもないよ」とだけ答え、両腕をピッタリと体にくっつけた。
見上げた夜空に先程の獣人の姿はあらず、夜宵は小さくため息をつく。
シルヴァンたちと話していた時間があったためか、それほど経たずに空と山との境からじわじわと明るくなってきた。
夜宵は警備の騎士に照れながらもひと声かけてシルヴァンの部屋に戻り、椅子に腰掛け太陽が十分顔を出すのを待ったのち、シルヴァンに飛び乗るようにしてベッドに飛び乗った。
夜宵に起こされたシルヴァンと入れ替わりで夜宵が眠り、シルヴァンは身支度をして仕事に取り掛かる。
夕方になり、城内がいつもより騒がしいことに気づいて夜宵は目を覚ます。
ココを呼び身支度を済ませ、城内の様子について聞くと、どうやらこの騒ぎは夜宵のせいだということが判明した。
夜宵が部屋を出ると騎士たちの視線は一瞬で首元に向けられ、その後口元を緩ませながら挨拶された。
またこれは部屋を出たときに限らず、城内で誰かとすれ違うたび全員から緩んだ顔を見せられることになったのである。
ただ一人、レオナルドだけは他の誰とも違う反応が返ってきた。
ダイニングルームに夜宵が入ってきたのを確認したその瞬間に大粒の涙を流しながら抱きついてきたのである。
「あ”あ”あ”!良がっだ。本当に良がっだ。ごめんよヤヨイぐん〜〜!」
わあっと大きな声を上げて泣き叫ぶ姿はまるで大きな子供で、昨日までの印象とはまるで別人になっている彼に戸惑いを隠せず、とりあえず宥めるように背中をポンポンすると、余計に大泣きになってしまった。
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