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第二章 獣人の国と少年 (二十二-前)
騎士団に配属されたココの代わりに夜宵の身の回りの世話はトーマスが一時的に手伝ってくれることになった。
新しく人を雇うまでの短期間ではあるが、夜宵としてはシルヴァンの執事であるトーマスは他にも仕事があるため頼りすぎてしまうのは申し訳ないが、王宮に勤める女性メイドに手伝ってもらうのは気が引けたため甘えることにした。
シルヴァンは元々雇った時点でココを騎士団に入れることを考えていたらしい。
ココはまともに教育を受ける前から働いていたために教養が足りていない。
夜宵はシルヴァンと一緒にいる以上、公の場に出ることは免れないが、ココは下男であるため出来ることが限られている。
「従者」であれば主について公の場に行くことは可能であるが、それには社交界のマナーやドレスコードについても知識が無いといけない。
かと言って貧しい家の出の者に王族から教育を施すとなると反発する者が出たり良くない噂が流れたりすることも考えられる。
だからこそ身分を確立させる為に騎士団に入団させたのだ。
騎士団所属となれば元々の身分は重要視されなくなる。
訓練を受けていれば夜宵の護衛にも役立つため一石二鳥であると考えていたようだ。
すっかり夜宵に懐いてしまったココは夜宵のお世話をしたいと駄々を捏ねていたが、騎士団に入れた理由をシルヴァンが話した途端顔色を変え、大人しく騎士団入りを決めた。
「新しく従者として誰かを雇えば良かったんじゃ?」
その夜、夜宵が訊くとシルヴァンは少し部屋から顔を出し廊下を見回してココが居ないことを確認する。
「ココはアライグマの獣人だからな。今は子供だから可愛いものだが、アライグマは成獣になると気性が荒くなることで有名なんだ。アライグマは働き者だし子供のうちは懐きやすい上に手先が器用でどの屋敷でもアライグマの獣人を雇いたがるが、大体は大人になる前に追い出される」
ココはまだ子供だが、成人を二年後に控えて前の屋敷での職を失ったのはそういったアライグマの習性を考慮しての判断だったのだろうとシルヴァンは言った。
「それならなんでその歳でココを……」
「言ったろ?初めから騎士団に入れるつもりだったって。夜宵はべスティアに来てから日が浅いから、慣れるまでは歳が近くて尚且つ仕事ができる奴がいいと思っていたんだ。その時に見つけたのがココだな。アライグマとなれば獰猛と言われるが、懐いた相手を守ろうとする習性があってな。もし夜宵に懐けば護衛に出来るし、懐かなくても騎士団としてなら十分な稼ぎも得られるしココの為にもなるだろ」
シルヴァンがそこまで考えていたとは知らず、夜宵は驚くしかなかった。
護衛騎士にするか従者にするかどちらを選ぶかはここに選択を任せるとシルヴァンは言う。
夜宵をこちらに連れてきた時もそうだが、シルヴァンは困った相手を放っておけない質らしい。
港街に居た時もシルヴァンは優しいのだと話を聞いたな、とふと思い出した。
堂々とした立ち居振る舞いも、弱者を思いやる気持ちが行動に出ることも、流石の王族の風格。
夜宵の脳裏にレオナルドの姿が浮かぶ。
裏で手を回して自身の手を汚さず人を動かしたり、本当は泣き虫だったり、第一王子と言えど国王に向いているとは到底思えない。
王になるならシルヴァンの方が向いているのではないだろうか。
そう、思ったその時だった。
夜宵の目にシルヴァンの引きつった顔が映り込む。
どうやら夜宵は無意識に口に出してしまっていたようで、それは無情にもシルヴァンの耳に届いてしまっていた。
「……夜宵、その言葉は二度と口にするな」
低く、重く発せられたその一言は表情と相まって威圧感を増大させた。
それは夜宵を怯ませるのには十分で、夜宵は一歩後退る。
「ご、ごめん。口に出すつもりは無かったんだけど――」
言って、手で口を塞いだ夜宵の頭に手を置いたシルヴァンはフイっと離れ、ベッドに身を沈めてしまった。
離れ際のシルヴァンの表情は苦しそうな渋いものだったが、それが何故なのか夜宵は分からないままである。
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