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第2章 獣人の国と少年 (二十三-後)

授業を終えると時刻は二時過ぎ、普段の授業からすればだいぶ早い終わりだが、善は急げと次の晩に夜鳥の里へ行くことを決めたため、シルヴァンは仕事を休むとトーマスに伝え、急ぎの書類だけを片付け布団を被る。 その頃夜宵はというと、夕刻に起きたばかりで寝付けるわけもなくヘドウィグと客間にいた。 未だに不安そうな顔をするのは何故か、何が気にかかっているのか、ヘドウィグは追い立てることはせずただただ夜宵が言葉を発するのを待った。 しばらく膝の間で手を揉んでいた夜宵が零したのは、薬を飲んで以降の変化に対する不安、恐怖。そして先程は語られなかったもうひとつ、子供が産まれた後のことだった。 夜宵はシルヴァンの子を産めない同性であることから引け目を感じ、自分は相応しくないと身を引こうともした。 それでもシルヴァンが愛してくれて婚約を破棄してまで夜宵と生きる道を選んだ。 だがそれはあくまで身内の話。夜宵がヒト族であることはある程度の周りにしか言っていない。 街の人らはみんな夜宵のことを「シルヴァンがレンから保護してきた獣人」だと思い込んでいる。 シルヴァンと番になったことは喜ばしい限りだが、今後結婚、出産となるとどんな目で見られるか分かったものではない。 考えれば考えるほど、レンで受けたあの暴力的なまでの迫害を思い出してしまう。 自分だけならまだ耐えられるが、矛先がシルヴァンや生まれてくるでろう子供にまで向けられると考えると落ち着かなくなる。 ヘドウィグは夜宵の過去を深く知らない。だからこそ、夜宵が抱えている深く真っ暗な闇を見据えることが出来ない。 ただ年長者として、先生として言えること―― 「一人で考えていても答えは現れてくれないでしょう。事情を知る関係のある方……シルヴァン殿下に素直にその不安をぶつけられてみてはいかがでしょう。あなた方は番なのですから、存分に頼るのがよろしいかと」 ヘドウィグは、この幼き少年が歳相応に明るく笑顔で暮らせる未来が来るよう願わずにはいられなかった。 夜宵たちが王宮を出たのは十九時にさしかかろうかという頃だった。 馬車に乗り込み、王宮に来る時に通った道を逆方向に進む。 夜鳥の里は文字通り夜鳥たちの住まう里であり、来客は夜間しか認めていない。日中は結界が強くなり同族以外は入れないようにされている。 「夜宵、行く場所は覚えているな?」 シルヴァンが夜宵に問いかけながら地図を差し出した。 夜宵は右手の人差し指で指しながら答えていく。 「王宮よりも南東にある港街、えっと、『ポースシュタット』。夜鳥の里はポースシュタットの近くの山の中にある」 「そうだ。よく勉強したな」 シルヴァンはワシワシと夜宵の頭を撫でる。 ポースシュタットは夜宵が初めてべスティアに来た時に滞在していた港街である。 ようやく戻れる、と窓の外を眺めながら嬉しそうにしている夜宵を横目にシルヴァンは地図を眺めていた。 実の所結界が張られているせいで夜鳥の里の場所は正確には知られていない。一定期間ごとに場所を移っているのではないかという噂が出るほど、入口出口も異なっているのだ。 ふと夜宵がシルヴァンに向き直る。 「そうそう、言い忘れてたんだけど、多分僕夜鳥の里行ったことあるんだよね」 「……は?」 シルヴァンは口をぽっかりと開けた。

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