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第二章 獣人の国と少年(二十五-後)
「だから、その、受胎薬を」
「君たちって……」
「番だ」
口が半分開いたままキョトンとした後、空を割くようなタルデの叫び声が里中に響き渡った。
「ヤヨイくんが番持ち!?こんなに可愛らしい幼女のような麗しいヤヨイくんが?再会したばっかりなのに!というかべスティアの第二王子の番!?待ってくれよ情報処理が追いつかないよ落ち着け私の頭!」
頭を抱えてひとりで暴走し始めたタルデをどうしようかと夜宵が狼狽えていると、門の奥から何人かこちらに向かってくるのが見えた。
「タルデ、何の騒ぎだ」
名を呼ばれたタルデは先程までの慌てっぷりが嘘のようにピタリと静止し、頭を下げて礼をとる。
先頭を歩いている男性は背中に一際立派な羽を持つ少々大柄な獣人で、威圧感のあるオーラを纏っている。そのオーラの雰囲気によるものか、夜宵は懐かしさに近いような感覚を感じた。
頭を下げるタルデにならい、同じように頭を下げる。
男性は近くに来ると足を止め、夜宵たちを一瞥するとタルデに声をかけた。
「彼らは客人ではないのか?こんな門前で話し込まなくてもよいだろう。風が騒ぐから来てみたが、なるほどそうか、ベスティアの第二王子殿だったか。それにしては妙な風だったが……相手はヒト族か……ん?そなたは――」
「いやぁ、はは。……すみません」
「お久しゅうございます、里長。お騒がせしてしまい申し訳ありません」
「構わん。こちらの者が失礼をした。話があるのだろう、案内しよう」
ぐにゃりと曲がる尖った葉をもつ不思議な木が取り囲む砂利の敷き詰められた庭園を横目に石畳を渡り、案内された屋敷は入口で土足を脱ぐルールがあるのだという。
かつて夜宵が住んでいたレンでは当たり前のしきたりであり、懐かしさを感じていた矢先、目の前の部屋の床がフローリングでないことに気付いた。
「畳……」
呼び起こされるのは夜宵の故郷の記憶。それも良くないことの方が真っ先に。
青ざめる夜宵に気付きシルヴァンは夜宵の腕を引き胸に抱き込んだ。
「みそら――」
夜宵はギュッとシルヴァンの服の胸元を掴んだ。深呼吸してゆっくりシルヴァンから上半身を少し離す。
「ごめん、大丈夫だよ」
「そうか」
離れた体に寂しさを感じた夜宵だったが、すぐさま左手に温もりがもたらされ、一瞬にして不安な気持ちが消し去ったことに思わず笑った。
「御二方、こちらへどうぞ」
付き人と思われる獣人に案内された部屋に入ると、分厚く深い色の1枚板で作られた趣のある机と、周りに座布団が置いてあった。
部屋の入口から見て奥側に先程の里長が座っており、対面する形で夜宵とシルヴァンも腰を下ろした。
「べスティアの王子殿をお待たせしてすまない。さて、要件を聞こう」
シルヴァンは夜宵の手を握り、口を開いた。
「……受胎薬をいただきに参りました」
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