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獣人の国と少年(二十六-前)
「受胎薬をいただきに参りました。彼は私の番の夜宵、ヒト族です」
やよい、と呟くと里長は夜宵をじっと見つめる。品定め、というわけではなくじっと、夜宵の奥に何かを見るようただ見つめている。
視線にむず痒さを感じ、ふいと目をそらすも里長は未だ視線を向け続け、幾分か経った頃ようやく里長は夜宵から目を離してこう言った。
「ヤヨイといったな。そなたはヒト族ではないな。ヒト族にしては風が騒ぐ。何か隠しているだろう」
ドキリと心臓が音を立てて飛び跳ねる。
「風に隠し事はできんよ」
「その……えっと……」
この様子だと恐らくもう相手にはバレているのだろう。夜宵は言葉を選びながら、幼い頃から現在までを、そして父親を探しに来たことを含めて掻い摘んで説明した。レンで羽をむしられたことは言わず、ただ迫害にあった、とだけにした。少々長い話となったが里長は静かに、表情変えずにただただ夜宵の話に耳を傾けた。――最後の最後に涙を流すまでは。
「え!あの、え!?」
すまない、と里長は着物の袖で涙を拭う。
「すまないことをした。すまない、本当に」
「里長、どうされました?」
「いや、なんでもない。ただ昔のことを思い出しただけだ」
「昔の話?」
夜宵が聞くと、里長は手のひらを見せ首を振った。
「いや、私の話は良い。さて、そなたらは受胎薬を貰いに来たのだったな。番を証明できるか?」
「僕の首で良ければ」
夜宵が項を見せると里長はひとつ頷いた。
「よろしい。そなたらは子を成してからも互いを愛し尊重することを誓えるか?」
「「誓います」」
「産まれてくる子がどのような姿であっても愛し育て抜くことを誓えるか?」
「「誓います」」
「あいわかった。そなたらに受胎薬を授けよう。飲み方は分かるな?」
夜宵とシルヴァンは目を見合せてから、向き合って頷いた。それを見た里長は部屋の外に控えていた先程の付き人を呼び、薬を持ってこさせた。
箱に入ったその薬はとても小さな錠剤で、2つの小瓶に分けられていた。
「ひと月目がこっちの白い錠剤、ふた月目がこっちの桃色の錠剤だ。間違ったら効果が出ないからくれぐれも間違わぬように」
薬を受け取り帰ろうとした時、里長は夜宵だけを部屋に残すよう命じた。反発しそうなシルヴァンを宥め、やっとのことで部屋の外に追い出すことに成功した。
改めて席に着くと、里長はゆっくり話し出した。
「先程の君の話を聞いて昔の話を思い出したと言ったろう?……実は私にも、愛する妻と息子がいたんだ」
「いた、と言いますと今は」
「ああ、今は居ない。12年も前になる。レンに、置いてきてしまったんだ。事情があったとはいえ置いていくべきではなかった。あれからいくら手紙を送ろうと全く連絡がつかないんだ。今も生きているのか、それとも死んでいるのか。当時小さかった息子も今は大きくなっているだろうし、父親の顔なんて覚えていないだろうがな」
「なぜ、おふたりを置いていくことになったのですか?2人のそばに居ればよかったのでは?」
里長は首を振った。
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