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第二章 獣人の国と少年(二十七-後)
里長は夜宵と目を合わせ、先を促す。
「あの、お茶、飲んでいいですか?」
「茶……。ああ、飲むといい。冷めてしまうな」
見覚えのある薄緑色のお茶に手を伸ばす。舌に触れても火傷をしない温度になった茶の香りがふわっと鼻に抜ける。懐かしい、昔飲んでいた美味しいお茶の香り。
「やっぱり、貴方は僕のお父さんだ」
里長は目を見開いた。
「昔、母と飲んでいたんです。このお茶を、大事に。無くなってしまわないように薄めながらだったけど。すっごく懐かしい味」
「そうか、そうか……。して、今杜奈もりなは……」
「母さんは、もう死んだよ。三年前から僕一人」
「そんな……」
絶望。そんな二文字が今の彼には当てはまる。大事な妻を亡くしたことを知ったのだからそれもそうだろう。
「どこかで、どこかで生き延びてくれているとばかり……私は……本当になんと愚かなのだ。何故……」
下に向いた顔がガバッと夜宵を捉える。
「そういえば君が本当に私の知る『夜宵』なのであれば、腕に羽があるはずなのだが。君の腕にはその羽がない。腕の羽はどうした!?」
流石に隠し通すのは無理だと悟った夜宵は、シャツを脱ぎ、アームカバーを外して見せた。ボコボコになった赤黒い皮膚。おおよそ人が見て気持ちのいいものでは無いそれは、夜宵のこれまでの苦難の証。羽が、生えていたのだ。そこには一本一本しっかり、生えていたはずなのだ。だがそれも毟り取られ、本来ならば生え変わっても良いところではあるが、夜宵の腕から羽が生えることはもうなかった。幼いながらにストレスがかかったことが原因であろう。
里長はオロオロとゆっくり夜宵に近づき、腕を見つめた。
「……触っても良いか?」
夜宵はコクリと頷く。
優しく、優しく、触れられる。ゴツゴツした皮膚だが感覚はある。労わるように撫でられたそこはとても温かく感じられる。
「なぜ――」
夜宵はこれまであったことを、前回は隠してしまった部分を事細かに説明した。ありのままを、全て。
聞き終わると里長はガバッと夜宵を抱きしめた。改めて何度も何度も謝罪の言葉を並べ、ぎゅうと抱く手に力を込める。
あの時なぜ父と離れることになったのか、夜宵も疑問に思っていた。追われていたことは以前聞いたが、その後戻れなかったことに関してだ。
あの後夜鳥の里で当時の里長が危篤になり、時期里長選びが始まってしまったという。前里長が今の里長の伯父であったがために里長候補に上がってしまい、そのまま夜鳥の里に留まらざるを得なくなってしまったという。またそのまま里長に選ばれ、より一層里から出ることが許されなくなった、と。
それでも、と思ってしまうのは強欲だろうか。自身の子供であるならもう少し、とねだってしまうのは、まだ自分が子供だからなのだろうか。夜宵はどうしても責める気持ちを抑えきれなかった。
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