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ー 10 years ago. ー
ーーその日は、ギラギラと光る夏の太陽の暑さが身に染みる頃の事だった。
戦後からの長きにわたり『ヘアーサロン SHIBASAKI』の社長兼オーナーを務めていた僕の祖父は天寿を全うし、この世を去った。
僕は母親と二人で一連の葬祭儀式を終え、その後の遺された店舗の名義変更やら何やらといろいろな手続きに追われた数ヶ月もの間、休む暇も無いような日々を過ごしていた。
「……お疲れ様。…大変だったね、護くん」
「みわ子さん。……すみませんでした。いろいろとご迷惑をお掛けしてしまって」
「何言ってるのよ。あたしだって一応身内なのよ?……元、だけど」
「そうですよね。でも、みわ子さんのお陰で本当に助かりました。店舗や権利書の代表者名義変更とか、相続関連の事とか…僕は全く経験した事が無かったので、どこから手を付ければ良いものかと…。」
「ホントよねぇ。あたしもまだまだ分からない事だらけだわ…。」
「航太は元気にしていますか?…このところ、なかなか顔も見せられなかったので」
「うん、元気よ。今は幼稚園も夏休みの時期だし、また護くんの家にもお泊りさせてあげるわね。……あの子、だいぶしっかりしてきたわよ?言葉も達者になってきたし。……本当は、匠くんにも会わせてあげたいんだけどね…。」
「……相変わらず、ですか」
「…そうなの。頑固なのは昔からだったけど、最近はちょっと意固地になってるみたい」
「それは僕も反省しないといけませんね…。結婚してみわ子さんを幸せにさせてあげるどころか、数年も経たないうちに別れてしまって、今じゃこの様ですからねぇ…。」
「それは言わない約束、でしょ?だってちゃんと協議離婚を成立させたじゃない。夫婦関係は無くても、ビジネスパートナーとしてこうして今も一緒に居るんだから、それはそれで良いじゃない」
「そうなんですけどねぇ…。やはり元々のきっかけがきっかけでしたから、彼の中にはまだ引っ掛かるものがあるのかも知れません」
「……そっか。そうかも知れないね」
「ええ。でも大丈夫だと思いますよ。彼なら、今の僕たちの関係もちゃんと分かってくれると思います」
「何か元カノのあたしよりも、護くんの方がよっぽど匠くんの事を理解できてるような気がするんだけど……違うのかしら?」
「…そうですか?」
「うん、そんな感じがする。……そもそも今の二人の関係って、親友以上?…何かそんなイメージがあるんだけど、実際どうなの?」
「さあ、どうなんでしょうね。僕は今でも大切な親友だと思ってますけど……向こうはそうでも無い感じなのかな?」
「え、そうなの?」
「このところ、よく連絡が来るんですよ。……聞く所によると、今の職場辞めたらしくて」
「……はあ!?」
「…それで、今度は此処に再就職するつもりなんだとか」
「…………そうなの?」
「……みたいですよ」
「『みたいですよ』って……。護くん、あなたそれで納得してるわけ?」
「それは…どういう意味ですか?」
「だってこのタイミングでしょ?……もしかして……いや、これ以上はやめとくわ」
「……みわ子さん……?」
言葉の続きの何かを言いかけて、しかしそのまま黙ってしまったみわ子さんは、何も無かったかのようにすべての雑作業を終え、じゃあそろそろ幼稚園の迎えがあるから、と言い残して自宅へと戻っていってしまった。
一人残った僕は、みわ子さんの曖昧な態度を気にしつつ、作業に追われてすっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干してから、再び残りの書類整理を始めたのだった。
「…さて、と。……僕もそろそろ戻らないと」
「……おーい。居るかい?」
そうして帰り支度を始めた僕を引き留めるように、店舗の外から聞き慣れた声がした。
声の主は、僕のサロンに併設されたアパートの住人だった。
「…その声は、与那覇さんですか?」
「ああ、そうだよ。…いやぁ、大変だったなぁ。爺さんのこと」
「ええ。でも大体の事は終わりましたから、また明日からちゃんと営業しますよ」
「おお、そうかい。それは良かった。……護くんと言ったか。…この店、引き継いでくれて有難うな。……お前さんが居なかったら、俺たちは居場所を無くすところだったよ」
「あー…そうですよね。…沖縄県人会、でしたっけ。祖父が代表を務めていたんですよね?」
「ああ。あの人も此処に来るまでいろいろ大変だったからなぁ。……あの頃はまだアメリカの統治下だったから、沖縄の人間が本州に来るのも一苦労だったんだ。同じ日本の土地なのに、パスポート無しじゃ移動も出来ないしよ。…それに、沖縄の生まれってだけで本州の奴らから差別されたりとか。…けど、そんな俺たちの事ををあの人はずっと支えてくれたんだ」
「そうらしいですね。僕は世代では無いので良く分かりませんでしたけど、当時は開業届を出してもなかなか許可が下りなかったとは聞いてます」
「ああ、そうだよ。この店は、俺たちにとって変え替えの無い場所なんだよ。……だから、君もなるべく長く続けてくれよ?」
「…分かりました。ご期待に添えるように頑張ります。これからもよろしくお願いしますね」
「ああ、頼むよ。……ほれ、継承祝いじゃ。…好きな時に吞んでくれ」
「…これは…。いつもありがとうございます。…大切にいただきますね」
「……じゃ、お休み。また明日な」
そう言い残して、与那覇さんはゆっくりと歩いて出て行ったのだった。
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