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― 10 years turnig point. ―

  ――それは、突然の出来事だった。  急な仕事の入ったみわ子さんから頼まれて、現在の僕の住まいであるこのマンションで息子の航太を数週間ほど預かる事になった。  当時の航太はまだ5歳で、幼稚園の年長クラスに所属していた。 ちょうど自我も芽生え始めて、善悪の判断や物事の良し悪しが分かるようになり始めたであろう、多感なこの時期に……。  ――僕達は……お互いの感情がぶつかり合うほどの、絶対にやってはいけない行為をやってしまった――。  きっかけは本当に小さなものだった。 仕事を終え、二人で共に暮らす川沿いのこのマンションに航太を連れて戻ってきて、食事や着替えなどの身の回りの世話を一通り済ませて寝かしつけた後、二人で晩酌がてら飲んでいた時の事だ。  最初のうちは航太の成長の過程などの世間話で盛り上がっていたが、そんな話の中からふとみわ子さんとの離婚の真相を殿崎から聞かれたとき、僕はすぐに答える事が出来なかった。…すると彼は、かつて僕と約束した時の事を引き合いにしてきたのだ。 「……お前言ったよな?…みわ子を絶対に幸せにするって。…けど今のこの状況は何だ?…みわ子との離婚は既に成立したんだろ?…それなのに今もビジネスパートナーとして一緒に仕事してますって、それはおかしいだろ?俺には意味が分からん。……だったらわざわざ協議離婚なんてせずに、夫婦のままでいれば良かっただろ。…まだあんな小さな子供が居るのに、かわいそうだとは思わなかったのか!?」 「それはそうかも知れない。けど、僕達はお互いに納得して離婚したんだ。それは間違いのない事なんだよ。…航太の事だって……本当なら君自身がやるべきことだった」 「はあ!?…護てめぇ……冗談も休み休み言えよ!?」 「冗談なんかじゃないよ。…みわ子さんは、本当なら君と結婚するはずだった。…君との間に生まれる子供を欲しがってた。でも、当時の君がそんな彼女の想いを反故にしたせいで、彼女は僕との過ちを犯してしまったんだ。…僕だって、あの時の事は今でも反省してるし、後悔もしてる。…それは、解ってくれるよな?」 「だが約束は違う!…生まれてくる子供の将来を見守るとは言ったが、不幸にしろとは言ってない。……今のみわ子の仕事が忙しいのは分かる。だが、こんな歪な形で育てられる子供の気持ちはどうなる!?…航太って言ったか、あの子はまだ5歳だろ。子供の成長には今が一番大事な時期なんだぞ?」 「……子供なんて居ないくせに……知ったような口を聞くな!」 ――バシャン!!  ふと気が付いた時には、僕は手持ちのグラスに注がれていた酒を殿崎の顔に引っかけてしまっていた。 「……!……てめぇ……!!」  そのままの勢いで僕は彼に胸倉を掴まれ、これは殴られる……かと思われたが、その顔には怒り…ではなく、ニヤリという不敵な笑みを浮かべた殿崎の姿があった。 「……匠……!?」 「…良いだろう。お前がそういう態度なら、俺にだって男のプライドってモンがある。……ゆっくり味わえ」    ――その後の事は、あまり覚えていない。 ただ、自分の耳に残る今まで出したことのないような甘怠い声と、僕の身体の奥深くを侵食してくる殿崎の雄の本能に堕とされていくその感覚だけは忘れられなかった。  ――しかし、その感覚を嫌だと思えない自分が居たことも――。  そうして、二人が超えてはならない一線を越えてしまった事で、僕は『殿崎匠』という一人の青年の存在を心の奥底に沈め、彼との思い出は全て忘れる事にしたのだった。  それでも、心底信じていた相手に完膚なきまでに傷つけられたというそのトラウマは時が経った今でも残り続け、僕は人としての堕落の一途を歩んでいく事になってしまった。  ――そんな自分が、再びかつての輝きを取り戻せるようになったのは……。 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・― 『since. 10 years ago ago.』 「えーと…ハローワークの担当から教えられた住所は…ここ、だよな…?」 「…信じらんねぇ…今時こんな田舎みてぇな町が政令指定都市になってるとか、嘘だろぉ…。あ、あった。ここか」 「…すいませーん…。『ヘアサロンSHIBASAKI』ってのは、こちら…でよろしいでしょうか?」

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