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第10話
「10万円…ですね。少し待ってください!」
そう言って森永さんは俺たちに背を向けてカバンを何やらゴソゴソし始める。
「おいミツリ」
「ん?」
森永さんに聞こえないよう、小さな声で尋ねる。
「何考えてんだよ?お前にしては値段が…」
「いや、何も。綾人は本当に酷いな〜。けど10万円も充分に高い金額だよ?それをスンナリと受け入れてくれる森永さんはとてもいい人だ」
「まあ、そうなんだけど…」
何でも屋 Espoir は、実は巷では有名な店だ。その理由は、「店長が提示する依頼料金がどんなに高額な値段だろうと断った者がいない」という不思議な店だからだ。
俺とミツリの見た目の人気も噂になっているようだが、依頼の遂行に対しての満足度も高くリピーターも少なくない。
100万程の高額な依頼料金でも、喜んでその料金を払っていく依頼主を俺は何度も見たことがある。ミツリが何か行っている可能性が高いが、お客さんは笑顔で帰っていくので特に気にとめたことはない。
すると森永さんが、「あの…」と言って茶封筒をミツリに渡した。
「ちょうど10万円です。確認してください」
「ありがとうございます」
ミツリが封筒を受け取り、その場で中身を確認した。
「はい。たしかに10万円きっかりあります。この度は何でも屋 Espoir のご利用ありがとうございました」
ミツリは笑顔でそう伝えた。そして右手を差し出す。
「こちらこそありがとうございました。また機会があれば是非」
そう言って森永さんはミツリと握手を交わした。
最初はミツリのことを怖がっていた森永さんとは思えない。
「森永さん。また俺、いつでも買い物とかに付き合うので」
「そう言っていただけて嬉しいです」
森永さんは、最初に会った時と比べ物にならないくらい優しい笑顔で去っていった。
俺がその背中を眺めていると、ミツリが俺の肩を叩いた。
「じゃあ俺たちも帰ろうか」
「え、あぁ。早く帰って晩飯の支度しなきゃな」
「帰る前に綾人はその服、着替えないの?」
「あぁ!?そうだこの女装服、森永さんの物だ!返さなきゃ!」
「んー。でもいいんじゃないのかな。もしかしたらまた依頼しに来てくれるかもしれないし、その時に返したら?」
その時、森永さんの笑顔を見て少しほっこりとなった。もしかしたらまた会えるかもしれない。
「うん、そうだね」
するとミツリは俺の着ている服を少し乱暴に掴んだ。そのせいで、足がもつれて転びそうになる。
「おわわわ!?いきなりどうしたんだよミツリ」
「いいからその服、ムカつくから早く脱いでくんない?」
「…!」
笑顔なのに冷たい目線が俺の体を見つめた。
「わ、分かったよ。とりあえずそこら辺で着替えてくるから」
「そ。ならいいけど」
ミツリはまたいつもの笑顔に戻り、その手を離した。
「それじゃあ俺はやらなきゃいけないことがあるから先に帰るね」
「えぇ!?人に着替えろとか言うくせに置いていくのかよ!」
俺の声が聞こえているはずなのに、ミツリは片手をヒラヒラとさせて、その場から立ち去った。
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