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泡沫
「あかんな……」
真昼がぽつんとつぶやく。
「これが一番起きちゃいけないやつ……最悪のシナリオだよ」
ようちゃんも弱々しい声で身体を震わせながら言う。
えっ? 僕は救われたんじゃないの……?
「ええか、ゆうちょ。みっかかんここをでるな。ぜったい、やーひにあうなよ」
真昼は僕の両肩を掴み、低い声で語る。
目はしっかり僕を見ていて、真剣そのものだった。
「ちゃんとしたおれいはあとにしぃな? おねがいやから」
真昼も声が震えてきた。
「いまいったら……かくじつにころされてまう」
夜彦が、僕を……殺す?
「泡沫 ……人間寄りのダンピールのみの障害で、ヤーにぃが実質の長になれない最大の理由」
ようちゃんの方を見ると、顔を上げていた。
顔が涙でぐしゃぐしゃだった。
「大切な人を想い過ぎたり、恨んだりの言動をするとその人の記憶が消えてしまう。そして、期限前に対象の人が現れると、冷酷に殺してしまう……人間の弱さと吸血鬼の冷酷さを持つダンピールの欠陥。それがあるのは家ではヤーにぃだけ」
なんで?
あんなに優しい人が、優しい人なのに。
「だって、僕を想ってやってくれたことでしょ?」
僕の目からポロポロと雫がこぼれる。
「それをかくごでやったんやとおもう……いや、ぼくぅたちがさせてもうたんや」
真昼は僕を優しく抱きしめた。
「すまん……かんにんしてくれ」
そ、そんなの……見過ごせられるわけない。
夜彦は僕の……尊敬する兄ちゃんだから。
「イヤぁだあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
僕は力の限りを尽くして真昼を突き飛ばし、部屋のドアまで走る。
「ダメなもんはダメなの!!」
長くて程よい筋肉が付いた腕と頼りがいがある胸を感じる。
「行かんとって……俺はもう離さんから」
甘くて低い声が聞こえたら、力が抜けてしまう。
「大切に想っている人に手を掛けるってことが、こんなにも悲しくて、こんなにも苦しくて、こんなにも……情けなくなるなんて知らなかった」
ぽつりと語り始めるようちゃん。
「めっちゃ怖い……自分の醜さを知るし、失うのがより」
横から首筋にキスを落としてくれた。
嬉しい、でも……ごめんね。
「僕は夜彦を失う方が怖いよ。だから、助けに行く」
「あかん! あの状態になったら、俺らでも歯が立たないんだ」
「大丈夫……僕なら」
僕は愛するようちゃんを引きはがして、部屋を出た。
音階なんか気にしないでオレンジ色の部屋に飛び込んでいく。
「夜彦!」
部屋の隅で正座をしている夜彦に声を掛けた。
「はい、夜彦でございます」
さっきと変わらない返事に安心して部屋に入り、近づいていく。
「あれ、聞き慣れない声でございますね……どなた?」
振り返った夜彦の目はオレンジ色に輝いていた。
「……御前です」
僕は試すようにわざとそう名乗る。
「ほう。わたくしを馬鹿にした芥の家の者でございますか?」
口角を上げたと思ったら、いつの間にか組み敷かれていた。
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