37 / 41

泡沫

 「あかんな……」 真昼がぽつんとつぶやく。 「これが一番起きちゃいけないやつ……最悪のシナリオだよ」 ようちゃんも弱々しい声で身体を震わせながら言う。 えっ? 僕は救われたんじゃないの……? 「ええか、ゆうちょ。みっかかんここをでるな。ぜったい、やーひにあうなよ」 真昼は僕の両肩を掴み、低い声で語る。 目はしっかり僕を見ていて、真剣そのものだった。 「ちゃんとしたおれいはあとにしぃな? おねがいやから」 真昼も声が震えてきた。 「いまいったら……かくじつにころされてまう」 夜彦が、僕を……殺す?  「泡沫(うたかた)……人間寄りのダンピールのみの障害で、ヤーにぃが実質の長になれない最大の理由」 ようちゃんの方を見ると、顔を上げていた。 顔が涙でぐしゃぐしゃだった。 「大切な人を想い過ぎたり、恨んだりの言動をするとその人の記憶が消えてしまう。そして、期限前に対象の人が現れると、冷酷に殺してしまう……人間の弱さと吸血鬼の冷酷さを持つダンピールの欠陥。それがあるのは家ではヤーにぃだけ」 なんで? あんなに優しい人が、優しい人なのに。 「だって、僕を想ってやってくれたことでしょ?」 僕の目からポロポロと雫がこぼれる。 「それをかくごでやったんやとおもう……いや、ぼくぅたちがさせてもうたんや」 真昼は僕を優しく抱きしめた。 「すまん……かんにんしてくれ」 そ、そんなの……見過ごせられるわけない。 夜彦は僕の……尊敬する兄ちゃんだから。  「イヤぁだあぁぁぁぁぁぁぁ!!」 僕は力の限りを尽くして真昼を突き飛ばし、部屋のドアまで走る。 「ダメなもんはダメなの!!」 長くて程よい筋肉が付いた腕と頼りがいがある胸を感じる。 「行かんとって……俺はもう離さんから」 甘くて低い声が聞こえたら、力が抜けてしまう。 「大切に想っている人に手を掛けるってことが、こんなにも悲しくて、こんなにも苦しくて、こんなにも……情けなくなるなんて知らなかった」 ぽつりと語り始めるようちゃん。 「めっちゃ怖い……自分の醜さを知るし、失うのがより」 横から首筋にキスを落としてくれた。 嬉しい、でも……ごめんね。 「僕は夜彦を失う方が怖いよ。だから、助けに行く」 「あかん! あの状態になったら、俺らでも歯が立たないんだ」 「大丈夫……僕なら」 僕は愛するようちゃんを引きはがして、部屋を出た。  音階なんか気にしないでオレンジ色の部屋に飛び込んでいく。 「夜彦!」 部屋の隅で正座をしている夜彦に声を掛けた。 「はい、夜彦でございます」 さっきと変わらない返事に安心して部屋に入り、近づいていく。 「あれ、聞き慣れない声でございますね……どなた?」 振り返った夜彦の目はオレンジ色に輝いていた。 「……御前です」 僕は試すようにわざとそう名乗る。 「ほう。わたくしを馬鹿にした芥の家の者でございますか?」 口角を上げたと思ったら、いつの間にか組み敷かれていた。

ともだちにシェアしよう!