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運命に抗え!
「憎しみの赤が映えそうな見目麗しいお顔をお持ちで何より……まぁ、すぐに消え入りますが」
夜彦は綺麗過ぎるほどの笑みを見せて、僕の額に人差し指をかざす。
ポタッと雫が1つ落ちただけで業火に焼かれたかのように痺れて痛かった。
「大丈夫でございます……痛み苦しむのは最初だけ。わたくしはその汚ならしい声さえも聞くに耐えませんので」
夜彦の目に、僕が映っていなかった。
まるで夜彦は……闇に落ちた悪魔。
それでも、わらにもすがる思いで1つの提案をしてみることにする。
「出来損ないの長男……最後に1つだけ聞いてくれよ」
あえて御前の言い方をすると、イラついたように顔をピクッと震わせる。
「相変わらず、上から目線の言い分でございますね。参考までに戯言をどうぞ」
穏やかな口調は変わらないが、瞳孔は開いていて怖い。
「両手は乳首に刺してよ。そして、声が漏れないように口からも注いでくれ……やれるもんならやってみろよ!!」
ああ、イヤ。
こんなこと、したくなかったのに。
「やはり汚ならしい。金輪際触れたくないので、完全に失せて差し上げましょう。さようなら」
乳首の頭に鋭いものが差し込まれて凹んだ感覚の後、口を塞がれた。
でも、僕はドロッと流れてきた血を舌でかき分け、夜彦の舌を見つける。
「はっ……な、にを」
全身が痛たがゆいのに耐えながら、一生懸命夜彦の舌に絡みつく。
油断したすきに体勢を逆転させて、僕が上になる。
口と両乳首からドス黒い血がふき出す。
僕は血を吐きながら訴える。
「僕はあなたから夕馬という素敵な名前をもらった。そして、夜が明けたらその名前が一生物になる。僕はもう生きるしかない。そうしてくれたのは夜彦なんだよ!? 僕はあなたに感謝しかないんだよ?」
夜彦は戸惑ったように目を見開く。
「夕方の次は夜、そして朝が来る。明けない夜はないし、輝かしい未来が来るために苦難の夜があるって教えてくれたでしょ?」
『やつがれはずっとあなたの味方でございます』
一緒に夕凪家に習いにいけるとわかった時にそう言ってくれたんだ。
「運命に抗え! 夜彦!!」
『運命までも変えなさい、夕馬よ』
僕は夜彦に教わった言葉たちを力一杯に叫んだ。
きっと言霊なら、効くはず……いや効く!
夜彦は言葉の名手なんだから。
「貴方様の未来には、やつがれは必要ないのかもしれません」
僕はびくびくしながら夜彦を見ると、目元を細めた穏やかな笑みを浮かべていた。
「愛くるしい弟に酷い仕打ちを行ったやつがれなんて、お側に居てはなりません」
ホロホロと流れる涙はとても美しくて、ようちゃんに写真で見せてもらった桜のようだった。
「イヤだ! 絶対いてくれなきゃ困るんだ!!」
僕は夜彦を抱きしめて、優しく唇にキスをする。
頬に舞うきれいな花びらも唇で吸いとっていく。
「僕は夜彦を尊敬してるんだから……これからもよろしく兄ちゃん」
僕はにこりと微笑む。
夜彦は驚いたけど、すぐにおほほと笑ってくれた。
「有り難き幸せ……しかと、承りました」
今度は夜彦から唇にキスをくれた。
ああ、幸せだ。
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