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第4話 非日常が始まった

 週が明けてもお尻の穴の周りが時々ゾワンゾワンと輪が広がるように響いた。あんな大きいものを出し入れしたらそうなるよねと思いながら、教室のドアを開けた。  不思議なことが起きた週末だったけれど、翌日は淳吾と買い物やカラオケをして普通に遊んで日曜日は自分の部屋を片付け洗濯機を二度回した。  淳吾も日曜日は用事があると言っていたので別々に行動した。淳吾が何事もなかったかのようにしていたので咲太もつられて週末を楽しんだ。相手が淳吾だと分かっていると落ち込むほどの罪悪感や嫌悪感はなく、むしろ違う人間じゃなくて良かったとさえ思っている自分がいた。  淳吾とは一生仲良くしたいとは思っている。おじいさんになっても家族みたいにいろんなことを共有したい。でももうあんなことは一回きりで充分だ。淳吾の恋愛という気持ちにはまだ応えようとは思えなかった。  思わせぶりな態度も良くない。  友人の黒木結有と高橋奈江がいつものように談笑していたので仲間に加わった。 「咲太、なんか肌が潤ってる気がするんだけど気のせい?」  結有が咲太の顔を見るなりそう言った。 「そ、そうかな、普通だけど」 「僕の気のせいならいいんだけどさ」  結有はそれでも咲太を疑うような眼差しを向けてきた。結有は男友達の中では一番どんなことにもよく気が付き、鋭い。 「化粧水替えたんじゃね?」  奈江がポッキーを咲太に差し出しながら結有に向かって言った。 「化粧水……うーん、なんか違う気がする」 「ま、いいじゃん、結有も食べな」  結有は素直に奈江からポッキーを取ったが、口に運ぶ前に咲太をまた見た。 「今日、井村君はどうしたの?」 「あ、淳吾? そう言えばまだみたいだね」  咲太は動揺を隠しながら周りを見渡した。こんなときに淳吾がいてくれたら結有の射抜くような眼差しから逃れられるのに。 「ごめん私だわ」  奈江が急にそう言ってスマホを見て続けた。 「淳吾、休むってライン来てたわ、悪い。そんで従兄がそっちに行くから今日の課題預けてって」 「従兄?」  咲太と結有は同時に変な声を出した。  まずこういう連絡を咲太にせずに奈江にしたことが珍しかった。理由を考えていると結有が先に口を開いた。 「井村君ってこういうのまず咲太にするよね? なんで今日は奈江なの?」 「っていうか私に聞かれても知らんし。こっちが聞きたいわ」  結有は咲太の方を向いた。 「咲太は井村君の従兄って見たことあるの? 井村君に似てたらイケメンじゃないの?」 「知らない知らない、今初めて聞いた」 「ほんと?」 「うん、なんで……?」 「だってさ、咲太いっつも井村君と一緒にいるからさ」  結有は視線を落として頬を膨らませた。結有の気持ちが淳吾に向いていることは咲太も知っている。 「ええー! 超イケメン野郎じゃん!」  奈江の大声が響いた。まだ授業は始まっていなかったけれど一瞬周りが奈江に注目した。 「声でかいよ」 「悪い、でも超びっくりなんですけど」 「なにが?」  結有は眉間にしわを寄せた。 「淳吾の従兄。入口らへんで待たせるからって従兄の顔写メ送ってきた」  咲太と結有が奈江のスマホを覗き込もうとすると、奈江はさっとスマホを自分の背中に隠した。 「なに、見せてよ」  結有がそう言うと奈江は首を横に振った。 「無理。あんたたちには見せらんね。これ刺激強めだわ」 「余計に見たいよね、そんな言い方されたら」  咲太の言葉にも奈江は方向性を変えない。 「無理無理無理無理無理。あんたたち、授業真面目に受けらんなくなるよ」  そう言って奈江は結局、イケメンだろうと思われる写真を見せてくれなかった。淳吾はいったいどういうつもりなんだろう。  チャイムが鳴って席に着いた。今日の授業の範囲のテキストを先に読んでいたら、横に座っていた結有が肘で突いてきた。結有を見ると、前を見てと言わんばかりに視線を黒板の方に投げて、 「タッチ来たよ」  と囁いて口角を上げた。前を向くと、簿記論を担当している講師の立中伸樹が教室に入って来たところだった。 「もう、違うって言ってるじゃん」 「ううん、絶対にそう。タッチは咲太に気がある」 「ないってば」  立中は三十歳前後で、背が高くて、メガネをかけていて、真面目そうだ。よく見ると彫りが深くて鼻筋が通っていて悪くない。整った顔にさらさらの黒髪のセンター分けがやけに似合っている。今風ではないので見る人が見ないと立中の良さは分からない。例えるなら、前だけ見て歩いていると小さな名店を通り過ぎてしまう感じに似ていると咲太は思う。  でも筋肉質なスポーツマンタイプじゃない。骨組みが大きくて体がしっかりしているように見えるだけだろうとも思う。  立中がプリントを配るときや咲太が質問しに行ったときは、必ず立中は咲太の肩に手を置いて「頑張れよ」と言う。  いつしか結有が立中に「タッチ」というニックネームを付けたのだ。  結有がそう言い出すのも無理はなく、立中は女子にはもちろん、他の男子生徒にも触れたりしないのだ。なぜか咲太にだけそうするのだ。 「咲太、タッチとお似合いだと思うよ」 「結有、しつこい」  こういうとき淳吾がいるといつもかばってくれたり話を逸らしてくれるのだが、今日はいないので結有の口数は減らない。いろんな意味でタッチの授業がある日は淳吾にそばにいてもらいたいのに。  そう思ったとき、金曜日の晩の変身した淳吾の姿が過った。抱きしめられてキスされた感覚が蘇ってきそうになった。首を振る代わりに咲太は結有に分からないようにそっと息を吐いた。  授業が終わって廊下に出た。淳吾の従兄が入口に来ているはずなので結有と奈江と三人で急ぎ足で歩いた。廊下を曲がって入口が見える位置に来た。大勢の学生が出たり入ったりしている中で、壁にもたれて立っている背の高い人影が見えたが胸元から上が観葉植物で隠れていた。 「あれっぽくね?」  奈江も同じことを考えていたようだった。  相当背が高い人だと思った。組んでいる腕は色黒でしっかりしていた。幅のある腰骨から長くて太いジーンズの脚が伸びて交差されていた。胸の辺りから下だけを見ても咲太のタイプの人だと思った。イケメンだと奈江が言っていたのでさらに咲太の期待は高まってしまった。  観葉植物からその人の顔が見えたとき、咲太の息は止まりかけた。

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