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第9話 実家からの電話
翌朝、淳吾がアルバイトに出かけた後、咲太はまた布団に潜りこんであくびと背伸びをした。眠りかけたとき、携帯電話が鳴った。着信の主は実家からだった。
何かあったのだろうかと出てみると母親の暗い声が耳に届いた。話を聞いているうちに本格的に目が覚めていった。
実家の店舗兼住宅で両親が営んでいる和食屋が売上不振から閉めることになった。なのでときどき送ってもらっていた仕送りができなくなるとのことで、おまけに逆に資金援助までお願いされたのだ。
以前のバイト代で貯めたお金の中からいくらかを振り込むことを約束したが、専門学校を退学して実家に戻り、一緒に暮らしながらこちらで働いて欲しいというところまで話が及んでしまった。
会計系の資格を取ることを目標に頑張ってきたことや淳吾を始めとする友人たちとの別れを想像するだけで咲太は泣きたい気持ちになった。
とりあえずはすぐにアルバイトを再開して生活費を工面するので、退学や帰郷することはもう少し待って欲しいとお願いした。
母親も次に替わった父親も、もちろんすぐにとは言わないと理解してくれたが、咲太は哀しい気持ちのまま電話を切った。
奨学金はあるものの、家賃や食費、勉強時間の確保を考えるとただ単にアルバイトを再開しただけでこちらでの生活が成り立つか不安だった。
翌日すぐに学校の総務課に赴き、事の次第を話し、次回の授業料の納金を少し待ってもらえないか相談した。
奨学金を生活費に回すことは基本的には許してもらえず、納金も待てないと言われた。こういうときの相談相手を持っていない咲太は、晴れた青空を見ても憂鬱な色をした分厚い囲いにしか見えなかった。
唯一の救いは納金期日が再来月ということで、まずは短期バイトや単発派遣の仕事を手あたり次第にネットでエントリーした。
その晩、淳吾に聞いて欲しいことがあるとラインをするとバイトの帰りに早速家に寄ってくれた。事情を話し終えると、淳吾は真っすぐに真剣な眼差しを向けてきた。
「で、サクはどうするつもりでいるの?」
「納金できなかったら……学校辞めて、実家に帰る、つもり……」
「はぁ? そんだけ?」
咲太は淳吾の予想外の物言いに驚き、淳吾の顔を窺った。
「え……」
「何言ってんの、お前」
「何って、え、だって」
「だってじゃねえよ、バーカ」
「じゃ、どうしたらいいの、僕だって」
淳吾は咲太の言葉を遮るように舌打ちをして、視線を落とした。
「ったく、他に言うことあんだろ」
「他にって、……今まで、ありがとう……? でいいの、かな……」
「……お前さ、ほんっと犯すぞっ」
「えぇ、じゃ、なんなの、うちの状況話したじゃん今」
「俺を頼れよ! 何のためにいんだよ!」
「気持ちは嬉しいけどそれは無理」
「はぁ? なんでだよ」
「お金の問題だから」
「ちょっとぐらいいいじゃん! 甘えろよっ」
「だからそれはダメ、それだけはダメ」
咲太の言葉に芯が入っていたのを感じたのか淳吾は黙り、一息ついて口を開いた。
「じゃあ、金をやるっていうのはやめる」
「元々そんなつもりないから大丈夫」
「……お前、明日からバイトするんだったよな?」
「うん、ちょうど単発の派遣があったから」
「とりあえず稼いだ金は授業料のために取っとけよ」
「そうしたいんだけど、家賃にも充てるから」
咲太がそこまで話すと、淳吾は座りながら急に抱きしめてきた。
「いいから俺の言う通りにしろ。いいな?」
「……え、う、うん」
「約束しただろ、お前のこと守るって。絶対に俺がお前のこと守るから……」
「……でも……」
「いいからっ。言うこと聞けって」
「う、ん……」
「……絶対に勝手に実家に帰るなよ。ずっとそばにいて欲しいんだよ。サクのこと、俺は、ほんとに愛してるから」
「……」
見つめ合った淳吾の瞳は潤んでいた。その輝きが嬉しくて、咲太の瞳も熱くなった。例えお金がなくなっても淳吾がそばにいて、こうして勇気づけてくれるだけでいいと思った。
淳吾の顔が近づいてくる。目の前にある温もりが欲しいと思い、瞳を閉じた。唇に柔らかくて穏やかなものが当たった。そこに少しの力が加わって、ちゅっという音が鳴って唇が離れた。
「俺は絶対にサクと離れないからな」
咲太は頷いた。頬には温かい雫が伝った。
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