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ある日、森の中⑤
その唇は軽く触れた後、すぐに離れた。
だからホッとしたのも、束の間。
......舌先が強引に僕の口を抉じ開け、舌を絡め取られた。
口内に広がるタバコの臭いと、アルコールの香り。
それらにより、今されている事が夢などではなく、現実なのだと嫌でも思い知らされた。
......こんな乱暴で強引なキス、僕は知らない。
いつもは白衣で隠されているから分からなかったけれど、想像以上に筋肉質な体を押し戻そうと、腕に力を込める。
でもそれは何の意味も成さず、クスクスと笑いながら口内を犯され続けた。
確かに僕は、女の子は苦手で。
これまで付き合ってきたのは、男ばかりで。
それを僕の上に覆い被さる大男は、知っている筈で。
でも僕は、タチだし。
この人は、ノーマルだし。
それにそもそもの話、そういう対象として彼を見た事なんて、一度たりともない。
......ふざけんな。
徐々に頭が冷え、それと同時に怒りが湧いてきた。
だから拳に力を込め、ボディーに一発入れてやった。
「ぐはっ...お前、いきなり殴るか!?
そこ、急所だぞ?
鍛えてないヤツなら、普通に落ちてるからな!」
僕の体から降りる事無く、彼は腹部を押さえ、呻くみたいな声で言った。
「そのまま永遠に、落ちててくれたら良かったのに。
......やめてください、このクソ上司。
社会的に抹殺されるのと、肉体的に抹殺されるの......どっちが良いですか?」
彼に乱暴に組み敷かれたまま、僕は微笑んで聞いた。
すると課長はニヤリと不敵に笑い、答えた。
「うーん......。
それは、どっちも困る。
......だからまずは久米君を天国に連れてって、そんな事もう言えないようにしてやるよ」
ホント、誰だよコイツ。
唖然とする僕を尻目に、彼は髪をかきあげて......そして軽く、舌なめずりした。
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