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サブシステム

広瀬が異動してきてから1ヶ月ほどで、君塚が知っている範囲でも、東城は5回ほど広瀬と衝突していた。だいたいが広瀬が勝手な行動をし、それを東城がとがめて注意をする、というものだった。広瀬は黙って話を聞いていて、「はい」とか「わかりました」と答えるだけだった。 あるとき、珍しく広瀬が何かを言い返して、腹を立てた東城が手をだそうとし、あやうく署内で乱闘騒ぎになるところだった。その場にいた宮田や君塚におさえられて東城は握ったこぶしをおさめたが、いらだちはおさえられないといった態度だった。一方の広瀬は、どこ吹く風で、一切気にしていないようだった。 東城と宮田と食事をしたときに、君塚が「広瀬さん、なんていったんですか?」と興味本位に聞いてみた。 東城はいやそうな顔をする。「なんだよ、今頃」 「いえ、広瀬さんが反論するって珍しいと思って」 「そうか?あいつ、いつも物言いたげだぜ」東城はふん、とはなをならす。「『その話は前に聞きました』っていったんだ、あいつは」 君塚はこらえきれず吹き出した。東城はさらにいやそうな顔をした。 「すみません。でも、広瀬さん、結構人の話よくきいてるんですよ」と君塚は言った。 「ああ、そうだろうな」と東城はむっとしていた。 東城さんが怒った理由は広瀬さんにはわかってないんだろうな、と君塚は思った。 「ところで、お前、あいつの、サブシステムのことは知ってるのか?」と東城がきいてくる。 「サブシステムってなんですか?」と君塚が聞き返す。 「あの、いつも持ってるタブレット端末」 そういえば広瀬はみたことのないタブレットをいつも大事そうに持ち歩いていたのを君塚は思い出す。 「ああ、実証実験に参加してるっていう?」と宮田が答えた。 「そうだ。あれ、変わってるよな」 「どうしてですか?なんかの実験に参加してるだけですよね。タブレットに事件を記録してるって聞きましたよ」と宮田が返事をする。 「あいつの作ってる地図、見なかったのか?」 宮田は首を横に振った。「タブレットは実証実験に参加しているからもってるとは言ってましたけど、それ以上のことは何も。地図ってなんですか?東城さん、あのタブレットの中見たんですか?」 「見た。あいつ地図を作ってるんだ。すごく細かい地図だ。休みの日とかに作ってるらしい」 「よく見せてくれましたね」と宮田は言う。「タブレットのこと聞いたら、あいつ、早口に説明して、すぐにしまっちゃったから、実験関係者以外みちゃいけないんだと思ってました」 「そうなのか?それはないだろう。すぐに見せたから」 「怖そうに脅かしたんじゃないですか?」 「あのなあ、そんなことするかよ。子供じゃないんだから」だが、東城の表情をみるとちょっとは心当たりがありそうな感じだ。「あの端末が問題っていうよりも、ああいう細かい地図を作ってるあいつが、ちょっと変なんだよな」と東城は言った。「なんていうか、あれじゃねえの、サイコパス」と東城はいう。東城は言葉の意味を正確にはわかっていなさそうだった。「ほら、たまにテレビとかでやってるだろう。あいつ、北池でなんか騒ぎおこして、こっちに来たんじゃないのか。今度、むこうの知り合いに確認してみるけど」 「サイコパスだったら採用時点でひっかかってるんじゃないですか」と君塚がいった。 「確かにな。そこまでじゃないかもな。だけど、じゃあ、なんなんだよ。あいつは。いつも無表情だし。あの目は尋常じゃないと思うぜ。なにもうつさないっていうか。普通の喜怒哀楽とか、感情がないんじゃないか」 「そんなことはないですよ、東城さん」と宮田が珍しくたしなめている。「あいつにもちゃんと感情はあります。よく見てるとわかりますよ。仕事うれしそうにしてますし、東城さんに注意されたらイラっとしてますし。ちょっと人より表現力が薄いっていうか、外からはわかりにくいだけですよ。はなから変な奴って決め付けるのは東城さんらしくないですよ」 東城はとまどったようだ。「なんだ、かばうんだな、宮田は」 「そりゃそうですよ。これからしばらくは一緒の部署にいるんですし、どうせなら楽しくやりたいじゃないですか。長い目でみてたら、あいつのこともっとわかりますって」 「ふうん」と東城は言った。「まあ、そうかもな」あまり納得しているふうではなかったが、宮田を否定することはしなかった。

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