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研究所
広瀬は、夕方、警察庁の研究開発センターで面談をしていた。相手はタブレットのサブシステムの実験の担当者の1人だ。実験では、3ヶ月に1度、タブレット内のデータチェックと利用に関するヒアリングが行われる。急に大井戸署へ異動になったので面談の時間がとれないでいたら、研究開発センターから連絡がはいったのだ。上司の高田にも連絡がいっており、すぐに行くように言われ、今日やってきたのだ。
面談の担当者はいつも同じ40代半ばのめがねをかけたおとなしそうな男だ。子供に話すような口調で広瀬に話してくる。広瀬は最初に名前を聞いていたがよく聞き取れず、特に名前を知らなくても困らないので聞き返さなかった。白衣を着ていて色白で猫なで声なので内心『白猫』と呼んでいた。
『白猫』のデスクの上には大きなディスプレイがあり、広瀬のタブレットが接続され画像が表示されている。
「セキュリティ上の問題はないよ。ウィルス感染や外部からの侵入はない」一通りチェックをおえて『白猫』は言った。「タブレットは何も問題ないよ」『白猫』は広瀬をみて微笑んでみせた。「異動になったんだってね。忙しいところ協力してくれてありがとう。新しい部署はどう?前と比べて、何か変わりはあった?」
「特にはありません」
『白猫』が操作すると、画面が彼がタブレットで作っている地図になる。
「また、地図を作ってるんだね。広瀬くんの地図、いつも細かくて丁寧だね」
広瀬の予定より地図作りは進んでいなかった。忙しかったためだ。それに、懸念があり、今日、それを聞こうと思っていたのだ。
「質問があります」
「どうぞ」『白猫』はうなずく。
「タブレットの中身は実験関係者以外は見ないほうがいいんでしょうか?」
「誰かに見られたの?」と逆に聞かれた。
「はい。少しだけですけど」
「広瀬くんが、そんな質問するなんて珍しいね。誰が見たの?親しい人?」
「いえ、全く」
東城がタブレットを覗き込んできたので、ついうっかりわたしてしまったのだ。こんなことは初めてだった。あの時どうして見せてしまったのか広瀬にはわからない。いつも怖い顔ばかりしている東城が、小さい子供みたいに好奇心まるだしで見たそうにしていたからかもしれない。見せた後は後悔した。
「一般の人?警察の人じゃないって意味だけど」
「同じ部署の人です」
「ああ、異動先でとがめられた?」
「とがめられた、というほどではないんですが、つい、見せてしまって」
「警察の人ならいいよ。どの人?記録してる?」
『白猫』はタブレットを操作し、人の写真を出してくる。東城の写真と名前がでてきたので、広瀬はうなずいた。
『白猫』は写真を見ている。
「他の被験者からも同じような質問はよくくるよ。広瀬くんは1年くらい使ってて誰かに中を見られたの初めてだったんだね。結構ガード固くやってるんだね。使い方は人それぞれで、同じ部署で見せたりさわらせたりするのも実験の一環だからいいよ。同じ部署の人がデータを追加して、ほとんど二人で使ってるような人もいるから。誰かに預けっぱなしにしては困るけど」
そういいながらちょっと首をかしげる。「あれ、この人」と彼はいい、タブレットの中を操作した。
「あ、やっぱりそうだ。広瀬くん、珍しく同じ人の写真何枚もとってるって思ったら、この人だったんだね。東城くん、っていうんだ」
人の記録のファイルには載せなかった東城の写真がでてくる。広瀬はあまり写真には頓着せず、とれたままを記録しているのだが、撮影した東城の写真が全く本人と雰囲気が違うような気がして何回か撮りなおしたのだ。確かに、こんなふうに撮影しなおすのは初めてだった。
「かっこいい人だね」と『白猫』が率直に感想を言った。「新しい部署で仲良くなったの?」
広瀬は首を横に振った。「全くです。この前は、理由はわからないんですが殴られそうになりました」
『白猫』はかすかに笑った。「なかなかバイオレンスな職場だね。怪我しないように気をつけて」そういうとタブレットを返してくれた。
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