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次の日
翌日の午前中君塚は高田に会議室に呼ばれた。
会議室には既に広瀬がいる。そして、ものすごく腹をたてた顔をしている東城もいた。君塚は、昨日の事情を聞かれた。君塚はみたとおりのことを話した。勢田がストーカーのようなことをしていたとはそのとき初めて聞かされた。それまでは相手の男は広瀬に恨みがある犯罪者だろうと思っていたのだ。それにしては、様子が変だったので、やっと合点がいった。
「昨日の夜、北池の同期に聞いたんだが、3日前から勢田、こっちに来てたらしいじゃないか」と東城が言った。「警備の当番に今朝聞いたら、一昨日も署の前で、お前に話しかけてる男をみかけたって言ってたぞ」声がかなり怒っている。「なんで、報告しなかったんだ」
広瀬は、いつもと同じように姿勢よく座っていた。目を東城にむけたが相変わらず何を考えているのかわかりにくい。彼は、素直にすみませんでした、と言った。「こんなことになるとは思っていなかったので、俺の判断違いでした」
「判断違いって、なにをどう判断してたんだよ」と東城がいう。
「彼には、話があるなら署にきて所定の手続きをしろと伝えたので、そうすると思ってました」
「はあ?」東城は大きい声を出した。「お前、何言ってるんだ?あいつ、北池署でお前のことストーカーしてたんだろ。写真とって手紙送ってきてたらしいじゃないか。おとなしく『所定の手続き』なんかするわけないだろ。バカじゃないのか」
広瀬は答えなかった。が、東城の言葉に少なからずむっとしているのは君塚にもわかった。
「だいたい、なんで自分が北池署からこっちに来たと思ってんだ。勢田がお前のことつけまわしてたからだろ」
「それは、異動の口実で」と広瀬は言ってすぐに口をとじた。そんなことをいうつもりはなかったのだろう。
「お前、勢田のことは異動の口実って思ってたのかよ。北池署はお前のこと心配してたんだぞ。それを、お前」
「東城、そこまででいい」と高田が口をはさんだ。「そう頭ごなしに問い詰めたら、話が続かない。お前の言い分はわかったから、部屋をでなさい。少し頭をひやせ」
高田にそう注意された東城は、まだ腹をたてながら部屋をでていったのだ。君塚は自分も一緒に出て行くべきなのかどうかわからず居心地が悪いことこの上なかった。
高田は穏やかな声で広瀬に事情を聞いていた。勢田がいつからきていたのか。署にくるほかに何かしてきたのか。メールや電話のたぐいはあったのか。広瀬は、全てに丁寧に答えていた。
君塚は途中で戻っていいといわれ部屋を出たので、最終的にどんな話を高田が広瀬にしたのかはわからなかった。部屋を出る前の広瀬の顔は、さっきのむっとした表情からもとにもどっていた。
昼過ぎ、広瀬が自分の席にもどってきた。東城は君塚とでかけるところだったが、彼をみて立ち止まり、広瀬の方に歩いた。先ほどひどい剣幕で怒っていたのを知っていたので、東城の腕をつかんでとめようかと思うほどヒヤッとした。だが、東城は広瀬の前にたつと「さっきは悪かった。言い過ぎた」とあやまり、広瀬の返事をまたずに部屋をでていった。君塚は唖然として広瀬の顔と東城の背中を交互に見た。広瀬は去っていく東城から視線をはずし、何事もなかったように仕事をはじめた。君塚はあわてて東城の後をおった。
東城は既に車の助手席に乗っていた。行き先のチェックを再度している。
広瀬ともめなくてよかった、と君塚はエンジンをかけながら思った。あんなに怒っていた東城が気持ちを切り替えてあやまっていた理由はわからなかったが、高田に言われたとおり頭を冷やしたのだろう。
「勢田はどうなるんですかね?」と君塚は聞いた。
「どうもならないだろう」東城は投げやりに答える。
「でも、逮捕できるんじゃないですか?ナイフで脅してたんですよね。黙打会は指定暴力団なんですよね」
「勢田は黙打会の幹部だ。副議長とかいう役職らしいが、実際は若頭補佐的な?存在らしい。北池あたりではヤクザとヤクザ以外の半グレみたいな連中が最近いざこざを起こしてて、一触即発らしい。組同士の勢力バランスをなんとか保ってる最中だから、勢田みたいな有力幹部逮捕するとなるとややこしいことになるんだとさ。広瀬も訴える気は全くないらしいし。周囲だって大事にはしたくない。勢田みたいなのが有力幹部ってヤクザの世界ってどうなってるんだろうな」
まあ、普通のサラリーマンとは違う価値観の集団ですから、と君塚は内心思ったが東城には言わなかった。
「でも、また、勢田が広瀬さんのところ来たらどうするんですか?」
東城はその問いには直接は答えなかった。そのかわりしばらく黙っていた後で「ああ、あの時、喉じゃなくてやつのあそこを踏み潰しておけばよかった」と淡々とした声で言った。かなり本気の口調だった。
東城さんも頭おかしいな、と君塚は思った。発言がどんどん怖くなりそうだ。「広瀬さん、勢田の件は異動の口実だったって言ってましたね」
「あいつはあいつで北池署でトラブルメーカーだったみたいだから、北池署から追い出されたって思ってたんだろ。勢田が理由だなんて本気にしてなかったんだな」東城は答えた。
「だから、勢田がきてもなんとも思わなかったんですかね」君塚には広瀬の考えもよくわからない。「でも、勢田、かなり異常ですよね。なんとも思わないってありえないくらい。広瀬さん、勢田のこと報告したら、また異動になるって思って黙ってたんでしょうか」
「さあな。広瀬に直接聞いてみろよ」と東城はそっけない口調で答えた。その後で「異動ったってどこいけるっていうんだろうな、バカなやつ」とつぶやいていた。
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