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連続殺人

広瀬は高田からの頼まれごとで一人事務所で情報収集をしていた。十数件電話をかけ、リストにしていく単調な作業だ。 午後遅くに、東城が事務所にあいさつをしながら入ってきた。いつもより大きな鞄をもっているのは、今日まで長野に泊まりの出張にいっていたためだ。ずっと、黒沼がらみに連続殺人事件を追っていられるわけもなく、長野には全く別な強盗傷害事件の関係で出向いていた。 東城は椅子にすわった。事務所にはほとんど人がいないので、伸びをしてあくびをしている。最近、東城は広瀬には話しかけてこなくなった、と広瀬は気づいていた。異動の直後くらいの感じにもどったのだ。お互いに話さないでいる。少し前は東城からたわいもないことで話しかけられたりすることもあったのだが、それはもうない。なんとなく、避けられているような気がする。勢田の一件があった後くらいからだ。あの時、やたらと怒っていたから、まだ、自分にあきれているのかもしれない。理由はなんとなくいくつか思いつく。 なにかの加減で、ポンっと嫌われてしまったり、避けられてしまうことは今までの人間関係であった。それに、もともとが親しいわけでもなかった。東城は広瀬をどちらかというと嫌っていたのだ。 広瀬と関わっていたのは、上司の高田に異動者に親切にしろと言われていたからにすぎない。広瀬が部署にも慣れて、トラブルはあったものの仕事も普通にできるようになったから、東城の親切にするという役目は終わったのだ。 もう、一緒に広瀬のタブレットで作っているサブシステムの地図をみてくれることはなさそうだ、と広瀬は思った。仕事が終わった後、2回くらい東城と地図をみながら、大井戸署の管轄内の未解決の事件や地元の人が使っている抜け道、地図にはかかれてない場所の通称、その地域の様子などを地図に記録していた。時々、わからないことがあるとその場で東城は知り合いに電話して、穴埋めのための情報を聞いていた。あんなふうに広瀬のサブシステムに関わった人はいなかった。広瀬にとっては楽しい時間だった。それも、今後はないだろう。 東城は長野の報告書を仕上げ始めている。 広瀬がちらっと東城をみると、驚いたことに目があった。東城は、なにか、不思議な表情をしている。モノ言いたげな、そうでないような。何かの感情があるようだ。そういえば、最近時々こうやって目が合うことがある。何を考えているのだろうか。東城は普段は感情表現が豊かで怒ったり笑ったりわかりやすいのだが、そんな単純な感情ではなさそうだ。だが、東城はすぐに広瀬から目をそらしたので、それが何かはわからなかった。 東城はしばらくすると1人で外出して行った。 夕方になり緊急通報が入った。郊外の事務所で死体が見つかったというのだ。広瀬は宮田と一緒に現場に向かった。途中で何度か情報が入る。 宮田はしばらく黙って運転していたが、急に聞いてきた。 「勢田ってヤクザがお前をストーカーしてるってほんと?」 事件とは全く関係のない話じゃないか、こんな時になにを聞いてくるんだとあきれた。「知らない」と広瀬は答えた。宮田はたまにこうやって単刀直入に個人的な質問してくることがある。 「知らないわけないだろ」と宮田は聞いてくる。「この前、帰るときになんかあったらしいじゃないか。ついでに東城さんが猛烈に怒ってて、高田さんに注意されてたって聞いたぞ」 広瀬は無視した。話の出元は君塚だろう。 「勢田にどこで会ったんだ?勢田ってヤクザなんだろ?お前のこと好きになるって何?そういうことってよくあるのか?」 ぐいぐい聞いてくる。 「覚えてない」 「教えてくれたっていいだろ。変な噂流されるくらいなら、真実を本人の口から言うほうがいいんじゃないか」 「噂って」お前が一番流してるんじゃないか、と広瀬は内心思う。宮田は噂話の発信源だ。あることないことばかり話している。 「お前って美形だから男からも声かけられそうだよな」宮田はしつこい。「ここだけの話、男とやったことある?この前、セフレの話してただろ。俺はてっきり女から逆ナンされたって思ってたけど、あれって男にナンパされた話しって可能性もあるよな」 広瀬は首を横に振った。「ないよ」 「本当か?勢田じゃなくても、お前のこと好きになってせまってくるやつとかいそうだけどな。それに、お前、押しに弱そうっていうか、ほんやりしてるから迫られたらついてっちゃいそうだけどな」 失礼だな、と思う。「そんなことあるわけないだろ」と広瀬は答えた。 「でも、男にナンパされたことはあるんだろ」宮田が聞いてくる。返事をしないと、何回も同じことを聞かれた。 「聞こえてるよ」 「聞こえてないのかと思った。何で返事しないんだよ。男にナンパされたことあるんだろ?」 「あるよ」もう、面倒になってきて投げやりに答える。 「やっぱりな」と宮田は返事を得られて満足そうだ。「ナンパされてついてったりしないのか?」 「誰に?男に?」 「そうそう」 「男とはセックスしたことない」と広瀬ははっきり言った。話を終わりにしようと思ったのだ。強めに言えば宮田も引くだろう。「ナンパされても男にはついていかない。ナンパされて一緒にホテルに行くのも、セックスするのも女の子のときだけだ」 「なんで?」 「なんでって」広瀬は言葉に詰まる。「なんでって」 宮田は笑った。「冗談だよ。誰かに広瀬のこと聞かれたらそうやって言っとくよ」 「俺の話は誰にもしなくていいから」 「もちろんだ」と宮田は返事してきたが、いくらでもふれまわりそうな言葉の軽さだった。 宮田はナンパの話をやめてしばらく黙って運転していく。 ふと、宮田はバックミラーを何度も確認しはじめた。「なあ、あのバイク、つけてきてないか?」と広瀬に聞いてくる。黒いライダースーツをきた大形のバイクが、自分たちの車の3台後ろを走っている。広瀬は振り返った。確かにずっと後をつけてくる。しかし、広瀬が何度か振り返って見ていると、すっと角をまがり消えていった。宮田は、気のせいだったのかなあと言っていた。「事件があると気が立ってるから、関係ない車両も全部犯人に思える」と彼は冗談のように言った。 現場につくと、2人が亡くなっているといわれた。鑑識が調べておりまだ現場には入ることはできない。死体はみなくてよさそうだった。 先に、東城と君塚が現場にはきていた。宮田と広瀬にに気づいたのだろう、手をあげてあいさつをしてくる。君塚は広瀬に近づいてきた。 「白い花びらがまたあったそうです」と広瀬に言った。「量が多いらしいです。二人分ということでしょうか」 正確なところはわからないが遺体は死後それほど時間がたっていないと説明された。 「黒沼の倉庫の殺人との関係は?」と君塚に聞く。 「まだわかりませんが、無関係ではないという見立てです。この二人は危険ドラッグの売人です。黒沼のグループは特に名簿があるわけではないのではっきりしないのですが、黒沼も危険ドラッグの売買にはからんでいるようですから、何らかのつながりはあるそうです。これから黒沼との関係も含めて調べることになるそうです」君塚は丁寧に教えてくれた。

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