22 / 46
進展する捜査2
君塚は東城と連日、殺されたドラッグの売人の2人とトラブルのあった人をあたっていた。直接的なドラッグの販売関係者や黒沼グループへは本庁の組織犯罪の担当者が追っている。
君塚と東城は犯罪に関わる可能性は低そうな一般人への聞き込みに回っていた。
朝には田島という男に会った。60代半ばだが、もっと老けて見えた。今でも中堅商社で役員をつとめて、東南アジアを中心に輸出入や企業投資などの仕事をしているらしい。仕事柄海外への渡航も多い。
彼の娘は殺された2人から違法すれすれのドラッグを買っており、依存症になっていた。一度はやめて病院で治療もうけたが、退院後しばらくすると、また、はまってしまった。ドラッグを買うためだったのだろう金銭的なトラブルに巻き込まれ誰かに呼び出されレイプされた。その後自殺している。レイプの件は遺書に書かれていてはじめてわかった。その遺書には殺された2人の名前が書いてあったのだ。レイプ犯は他にも複数いたようだがその名前はわかっていない。田島は以前から娘の件で警察に相談しており、自殺後はレイプの件を警察に訴えたが、時間もたっており2人と犯人と特定できる証拠はみつからなかった。
殺人の件で訪問したことで、田島は静かに怒りをみせた。自分の娘のときにはなにもしてくれなかったのに、ドラッグの売人が殺されたら動くのか、と考えているのだ。それは、今まで話を聞いた人の大半に共通する怒りだった。
田島に殺人事件があったときの行動を確認すると、彼はやや面白がり。自分が容疑者になっているのか、と聞きたがった。
形式的な質問ですと東城は詫びながら聞いた。
「殺せるものならとっくの昔に殺していましたよ」と田島はいった。「私にはその力はありませんでしたがね」田島は殺人事件があった日の行動を手帳をとりだしてみせた。昼間はほぼ仕事をしており、夜は家に帰るという生活だ。
「会社や取引先に確認してもらってもいい」と田島は言った。
東城は手帳をみせてくれたことの礼を言った。取引先の名前のメモをとる。商社らしく英語の会社名も多い。
「夜はご自宅で過ごされているんですね。どなたかそれを証明される方はいますか?」と東城は聞く。
「いや、誰もいない。妻を昨年なくしたんでね」と田島は言った。「ちなみに妻は病死だ。自殺でも殺されたんでもない。どちらでも君たちには関係のないことなんだろうが」皮肉な口調だった。
田島には他に何点か確認し、東城は再度協力の礼をいった。
別れ際に田島は、「まあ、君たちが悪いわけじゃないのはわかっているんだよ。誰かに愚痴を言いたくなっただけだ。悪かったね」と若い者をねぎらうような言葉をかけてきた。
田島の次にあった女性も同じような反応だった。怒りが8割あきらめが2割。いや、ドラッグの売人が殺されたことを喜ぶ声もあった。聞き込みではほぼ同じような反応だ。東城は、かなり厳しいことを言われるとしばらくは無口になったりしているが、気がつくと浮上していて明るい話題をしている。ずっとは落ち込んでいられないたちなのだろう。うじうじ考えてしまう君塚にはうらやましい性格だった。
帰りの車で君塚は感情をもてあまし、悪事を見逃していたことの方が問題だ、というようなことを話した。最近ずっと会っている人たちは黒沼の被害者だ。証拠がないからといってあんな悪事を働いてきた男を野放しにしていた。
東城はあいづちをうちながらも一緒に怒りはしなかった。
事務所に戻ると君塚はメモを整理した。小さくプリントした地図を出してメモを書き込む。
「その地図、なんだ?」と東城が聞いてきた。「どっかで見たような地図だな」
「そうです。これ、広瀬さんの地図です。今回の関係者情報を地図でプロットしたりデータを合わせてみたらなにかわかるかもって言ったら、プリントアウトしてくれたんです。今度、広瀬さんに渡して、あのタブレットに情報を入れて分析してもらう予定です」と君塚は説明した。
「ふうん」と東城は意味をつかめかねる声をだした。関心があるのかないのかわらかない。こういう東城は珍しい。だいたい新しいことの話にはのりがよく食いつくのだが。
広瀬のことだからだ、と君塚はわかっていた。東城は広瀬に対して距離感をつかみかねているのだ。最初にあったときからもうずいぶんたっているのにだ。君塚や宮田は広瀬とかなり親しくなっているつもりだ。他のメンバーも適度に距離をたもっている。東城だけが、広瀬のことをすごく気にしたりほぼ無視したり、忙しく距離を変化させている。
今は親しいほうなのだろう、と君塚は思う。早朝に一緒に行動して黒沼のオフィスに行くくらいなのだから。
一方の広瀬はというと、君塚には不思議に思えるのだが東城のことを嫌いではなさそうだ。広瀬が当初誰にも見せないでいたタブレットの中の地図を東城にはみせていたし、東城から小うるさく注意されると返事をしないことも多いが、次の時には直していることも多いのに最近気づいた。
高田は、広瀬に何かをささいなことで注意しようとするときに東城を経由していうことがある。本人たちには言わないが、高田が「広瀬は、東城にはなついてるみたいだから」と言っていたのを小耳にはさんだことがある。人の機微に敏い高田には、君塚以上にいろいろなものが見えているのかもしれない。
君塚はメモをみながら言った。「明日で関係者の聞き込みはほぼ終わりです。俺、広瀬さんに終わったらデータを入れて、見てみようって言われてるんです。広瀬さん、地図のデータ集めて分析したりするの好きなんですね。楽しみにしてるって言われました」広瀬に親切にされるのを自慢してみて東城の反応をみたくなる。だが東城からは特にコメントはなかった。
そこで君塚は思い出す。「あ、でも、明後日広瀬さん休みだ。その後は俺が休みと出張だから、なかなか会えないや」
ほんのわずかに東城の表情が変わった。じっくり観察していないとわからないくらいの変化だ。それは、不機嫌な気配だった。
「広瀬が明後日休みって、なんで、お前がそんなこと知ってるんだ?」と聞いてきた。
「ああ、高田さんが注意してたからです。広瀬さん、ここのところ全然休んでなかったんですよ。俺も忙しくて気づかなかったんですけど。全くとってないから休みをとれって命令してました。労務管理が悪いって怒られるからって。最近、メンタルヘルスのチェックがうるさくて、長期間休んでないと上司が注意されるらしいです」
「ふうん」東城はまたもとの関心があるのかないのかよくわからない口調になった。不機嫌をみせたのは一瞬だった。「高田さんも大変だよな。休みをとれといい、仕事をしろといいしなきゃならないんだからな。俺は言われたことないぞ。最近全然休んでないのに」途中で冗談のような口調になった。
東城は、君塚のメモを手に取った。「田島のことは広瀬のサブシステムには入れるな」と言った。
質問しようとすると東城が先に説明した。「広瀬のサブシステムに入れるとややこしいことになりそうだからだ。あいつは今は浅井を追っている。俺は、田島に興味がある。広瀬は時々自分の判断だけで行動することがあるから、下手に田島のことを知って田島に直接接触しかねない。俺は広瀬に邪魔されたくない」と言った。
ともだちにシェアしよう!