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吐息
広瀬は、浅井との関係をきくため宮田と一緒に黒沼産業に行った。
警察から派遣されている警備の人間が目立たないように受付付近にいた。名乗ると、黒沼をよんでくれた。
黒沼は、広瀬を覚えていたのだろう、やけに親しげな顔をした。
「この前の早朝の熱心な刑事さんだな。朝早くから働いてると思ったら、今日は、普通の時間にきたんな。相棒はあのおっかなそうなでかい兄さんじゃないのか?」と聞いてくる。
「東城さんは相棒じゃないです」と広瀬は律儀に答えた。「それよりも、伺いたいことがあります。黒沼さんは5階のアサイコーポレーションの取締役ですね。浅井さんとはお知り合いですか?」と広瀬が単刀直入に聞くと、黒沼はうなずく。
「浅井がどうかしたのか?」
「ここ2ヶ月ほど会社にはいらしていないようです。ご自宅にもいません」
黒沼はうなずく。「あいつも海外に行ったりビジネスが忙しいんだよ」
「最近も連絡されていますか?最後に会われたのは?」
「ここ半年はあってないな。メールとかで連絡はしているような気はするが。そういえば、あいつSNSに近況あげなくなったな。前はかなりこまめにご飯食べましたとかいって女と写真アップしてたんだけど。あいつに何かあったのか?」黒沼はめがねのふちを持ち上げる再度聞いてくる。
「まだ、わかりません。浅井さんとはどのようなご関係で取締役に?」
「浅井はビジネスパートナーだ」と黒沼は答えた。「俺は、アサイコーポレーションに出資してて、共同経営者みたいなものだ。5階も俺が金を出して借りてやってる。奴とはガキのころからの幼馴染なんだ」
「アサイコーポレーションの財務状況が急に悪化したことはご存知ですか?」
黒沼は首を横に振る。「さあ、そんなこと何も聞いてないな。むしろ、奴はかなり儲けてて、商売は順調なはずだ。何かの間違いじゃないのか?」
「そうですか」と広瀬は言った。
「気になるな。連絡しようか?」
「ご連絡をとれるのであれば、お願いします」と広瀬は依頼した。
黒沼は、すぐにスマホをとりだして、文章を打っている。「海外にいるとレスが遅いときもあるが、3日もすれば連絡がとれる」と言った。「ところで、あんたは花びらが入ってた俺への脅迫事件を追っててくれてるのか?」と聞かれる。「ここにいる警護の連中は、事件を追ってはいないらしいな。誰に聞いても殺人事件や俺の脅迫事件がどうなっているのか教えてくれないんだ。お役所仕事ってやつ?あんたが浅井のこと調べてるってことは、あいつ、脅迫事件に関係してるってことなのか?」
「申し訳ないのですが、俺の立場では何か申し上げることはできません。浅井さんと連絡がとれたら教えてください」と広瀬は答えた。
「へえ」と黒沼は言った。「まあ、いいや。あんた下っ端っぽいからな。しかたないな」そして、じろじろと広瀬を見て話題を変えてきた。「この前の朝も思ったが、こうやってみてると、あんたとても警官には見えないな。きれいな顔してる。モデルみたいだな。なんで警官になんかなったんだ?俺の知り合いにモデル事務所の奴がいるから紹介しようか?こんな仕事よりよっぽど儲かるし楽しい思いができるぜ」
広瀬が答えなかったのを面白がったのか黒沼は笑った。脅迫状がきていて不安になっているにしては余裕だった。
広瀬が報告書を書き終えて帰ろうとすると高田に呼ばれた。浅井の書類の入手経路がばれて怒られるのだろうかと思ったが違った。
「黒沼が警護のチームにお前を入れろといって来ている」とため息混じりに言われた。「警護班から正式な要請だから、受けざるを得なかった。明日、お前は休みだろう。明後日から警護班に合流しろ」
指示書を渡される。急は話で驚いたが、広瀬は同意した。仕事の上での無茶振りはよくあることだった。
「黒沼は警護の人員を変えろと言ってるそうだ。今いる奴らだけだと警察っぽすぎて商売の邪魔らしい。お前は警察にはみえないからちょうどいいそうだ。お前、今日、浅井の件で黒沼と話しをしただろう。あそこで何かあったのか?」
「黒沼は事件のことを知りたがっていました」と広瀬は高田に今日の黒沼との会話を報告した。
「黒沼は捜査情報が欲しいんだな。警護も情報入手のために受け入れたがあいにく何も教えてもらえないからお前に目をつけたんだな。こちらとしても黒沼が知っていることを把握して、奴をねらっている犯人をあぶりだしたいところだ。連絡を絶やすんじゃないぞ」と高田に言われた。「宮田が浅井のことは追うから、黒沼経由でわかったら何でもいいからすぐに連絡しろ。今のところ浅井は容疑者リストのかなり上位にきている」
「はい」
「警護班ではむこうの言うことをよく聞いておとなしくしてろよ」と釘をさされた。
高田に帰って言いといわれ、広瀬が大井戸署の外にでてしばらく歩いたところで、後ろからついてきた車が軽くクラクションを鳴らす。見ると先に帰ったはずの東城が車の窓からちょっとだけ顔を見せ、手招きしている。彼の私用の車なのだろう。大形のSUVだった。広瀬は突然のことに足をとめる。どうしたものかと迷ったが、車は動かないので助手席に回り、乗り込んだ。東城はすっと車を出した。
彼の運転は静かだ。流れるように進む。信号や角でもブレーキをいつ踏んだのかと思うほど、速度の緩急はあるが穏やかに走らせる。
「家に帰るんじゃないんですか?」明らかに進んでいる方角は広瀬の家ではなかった。
「ああ」と東城は生返事をする。彼は前を向いている。面白くないことがあったという顔だ。感情を表に出してくるのでわかりやすいともいえるし、押し付けがましい感じもする。
「どこに行くんですか?家に帰りたいんですけど」
「それより、何かいうことないのか?」と言われた。
広瀬は頭の中を探す。何かあっただろうか。ふと思い当たる。「黒沼の警護に行く話ですか?」
「警護班に行くんだろ。そうそう、それもあるな」
「知ってたんですか?」
「高田さんが愚痴ってた。いきなり上に呼ばれて何かと思ったら広瀬を警護班に行かせろってことだったって。なんで黒沼のいうこと聞かなきゃならないんだって言ってた」そこで言葉を切る。「警護班のこともそうだけど、他にもあるだろ」
「なんですか?」広瀬はわからない。「えっと、お礼言わなかった件ですか?」
「お礼?」東城が不思議そうに聞き返す。「何のことだ?」
「あの、浅井の口座のこと教えてくれたから」あの時宮田はきちんと礼を述べていたが、広瀬が言わなかったことが気に食わないのだろうか。そう聞くと東城は声を立てて笑った。
「お礼って、ヤクザか小学生の発想だな。お前の中で俺ってどういうキャラクターなんだ。そんなことで文句言うタイプなのか、俺は。あれは仕事だろ。あんなことで礼を言えなんていわない」
「じゃあ、なんですか?」広瀬は見当がつかない。
東城は、真顔になる。
「お前、明日休みなんだってな」と東城は言った。「連絡してくれればいいのに」少しだけすねたような口調だ。
「どうして知ってるんですか?」
「まあ、いろいろと」と東城はあいまいに答えた。
「そうですか」
「何で言わないんだよ。この前聞いたとき、休みなんかないって言ってたよな」
「あれは」と広瀬は言ってくちごもる。「あれは、なんとなく」
「なんとなく、言いたくないってわけだ」
「だからって、このまま俺が知らないところに黙って連れて行くのはどうかと思いますけど」
「そうだな。お前は俺のことをどうかと思ってる。俺もちょっとお前のことそう思ってる。同じだな」と東城は広瀬には理解しにくいことを言った。
会話が成り立ちにくいと思い、広瀬は助手席の背もたれに体重を預けた。
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