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吐息3
「広瀬、広瀬」身体がゆさぶられた。
意識を失っていたのだ。どれくらいの時間だったろうか。目が覚める、と同時に、咳き込んだ。のどがかれている。あれだけ、声をあげたのだ。身体を動かすと、下半身が重く痛い。東城の太いモノがまだずっしり入っている感触が残っているような気がする。下手に動いたら腰が抜けそうだった。
彼は、広瀬の肩をつかんでいる。「大丈夫か?」かなり慌てている。「息してなかった」と言われた。
広瀬は頭をうごかした。くらくらしている。少し酸欠だ。目もかすんでいる。しばらく、目をとじてじっと動かないでいた。喉がずっといがらっぽく、時々空咳がでる。そのたびに身体が動き、筋肉がひきつれて痛む。
「なんか飲むか?欲しいものは?」と東城が聞いてくる。
広瀬は深呼吸した。「お水」声がひどい状態だ。
東城はすぐにベッドから立ち上がる冷たい水のペットボトルももってくる。病人を扱うように広瀬が身体を起こすのを手伝い、キャップをあけると水をてわたした。
広瀬はゆっくりと水を飲み、また咳き込んだ。口から水が零れ落ちる。
東城が広瀬の顔をうかがっているのがわかる。彼は、水をサイドテーブルに戻すとキャップをゆるく締めた。
「身体、きれいにしたいです」と広瀬は言った。身体中がべとべとしているようで気持ち悪い。途中であばれたせいでローションと汗と精液が全身にまとわりついているようだ。考えたくないが顔は涙でバリバリしている。あんなことで泣くなんて。
東城はすぐに浴室に行った。
しばらくして戻ってくると「立てるか?風呂入れる?」と聞いてきた。
広瀬はもう一度水を飲んだ。ベッドからそろそろおりて、かろうじて立ち上がった。鈍痛が腰から下にあり、足にあまり力が入らないがゆっくりなら、歩けそうだ。
東城は、困った顔をしている。「お前がもうふた周りくらい小さかったら抱いて連れてってやれるんだけどな」と言われた。「背負うなら運べそうだけど、どうする?」ともいう。お前、見た目より重いんだよな、と言っていた。
「結構です」と広瀬はいった。すたすた歩けないのが本当にくやしい。東城が広瀬の手をとって支えてくれた。顔が真剣に心配しているようだ。
浴室に入ると、力が抜けて、ペタンと床に座ってしまう。
「冷たくないか?」と東城がきいてくる。それは大丈夫だった。浴室は適温で、床も暖かい。
彼はシャワーを出して、広瀬の肩から穏やかなお湯の流れをかけはじめる。じんわりと暖かさがしみてくる。腕や足を伸ばして、身体にこびりついた汚れを落としてもらう。
一通りきれいになったら、東城が広瀬の両腕を支えてたたせ、バスタブに入るのを手伝ってくれた。身体が軽くなったところで、広瀬は自分の足の指を開いたり閉じたりしてみる。動きはするようだ。さらに、腰を伸ばそうとしたが、そのままお湯に沈みそうになったのでやめた。
このまま、身体が動かなかったらどうしよう、と心配になる。それどころか、朝になったら着替えて、チェックアウトしなければならないのだろう。着替えたり、歩いたりはできるのだろうか。
広瀬は東城を見上げた。「ちょっと、動けそうにないんですけど」と正直に伝えた。
「いたいだけいていいから」と東城が言った。
「チェックアウトの時間は?」
「ここは、時間決まってないんだ。好きにしてていい」
彼は、広瀬の肩に湯をかけてくれる。
「髪洗うから、頭こっちにのせて」とバスタブの端をしめした。
髪にも残滓がついている。終わったときはさぞひどい有様だったろう。
バスタブに仰向けにもたれ、頭を預けた。東城は、シャワーで髪を流し始めた。広瀬は目をとじた。
シャンプーが泡立てられて、髪をすかれる。大きな手でマッサージするように頭をなでられる。時々くっくっと頭の上やこめかみの気持ちいい場所を指でおされる。広瀬はやっと大きく息をつけた。きれいに洗い流してもらい、東城は広瀬の髪を全部後ろにまとめた。前髪も後ろになでつけられて、額がでる。
「目が大きくみえるな」
広瀬は上目遣いに東城をみた。彼は自分を覗き込んでいる。「お前の目、いつも、なんにもうつしてないと思ってたけど」と彼はつぶやいた。「こうやってみると、俺がうつってるんだな」
東城は、広瀬のまぶたに手をやりそっと閉じさせた。
手を借りて風呂の中でうつぶせに姿勢を変えると、東城が腰をゆっくりとマッサージしてくれた。背中から腰骨にかけて大きな手が身体をなで、筋肉をほぐしていく。いやらしいことのない手つきだが、気持ちがよくなり、意識が手ばかりをおいかけるようになる。
ゆっくりと風呂にはいったせいか、だいぶましになっていた。広瀬は自分で立ち上がってかなり動くことができるようになった。東城が大きなバスタオルで丁寧に身体や髪をふいてくれた。彼はあまり話をしなかった。
もう一度ベッドに戻るといつのまにか眠っていたようだ。気がつくと、ブランケットを自分だけがまきとって丸まっていた。視線を感じて顔をあげると、東城が立ってこちらを見ていた。
広瀬と目が合って、東城は彼の頭を優しくなでてきた。顔はすこしこわばっている。
「よく寝てたな」と東城は小さい声で言った。彼はスーツを着ていた。「もう行かないと」と言う。時計をみると朝の8時を回っていた。この場所から大井戸署に行くとすると既に遅刻の時間だ。広瀬が起きるのを待っていたのだろうか。「ここには好きなだけいていいから」
広瀬はうなずいた。
「ルームサービス好きにとってもいい。動けなかったらこっちまでもってきてくれる。何でも頼めばやってくれるから。それと、チェックアウトはいらない。そのまま部屋を出ればいい」と言われる。広瀬の服もクリーニングからもどってきていると言われる。
行くといいながら東城はぐずぐずと広瀬の近くにいる。
広瀬は身体を慎重に伸ばしてみた。腰の痛みはほとんどなくなっていた。足も動く。広瀬は、ぐっと身体に力をいれて、伸び上がった。これなら立ち上がることもできそうだ。ゆっくり休んで昼頃にでもなれば完全に回復するだろう。
身体をおこすと東城が片ひざをベッドにのせ広瀬の上に覆いかぶさってきて、深い強いキスをされた。
何度も繰り返し、唇を重ねてははなされる。東城の手が、広瀬の身体をさぐってくる。自分の手が、広瀬に拒否されないかどうか確かめるように、彼らしくもない、おずおずとして手つきだ。わずかに、後悔さえもにじませている。
「行かなくていいんですか?」とキスのあいまに広瀬は聞いた。
答えはなく、またキスをされた。
広瀬が手を伸ばして自分からキスをかえすと、やっと安心したように指先の緊張をゆるめてきた。
「ごめんな」と東城はかろうじて聞こえるくらいの声で言った。
広瀬は思い出す。東城は、結局はやめることができなかったのだ。広瀬が嫌だといったらやめると約束していたのに、哀願する広瀬の言葉を聞いていなかった。広瀬の声は耳に入ったのかもしれないが、途中から、彼は完全に我を忘れていた。一度動かし始めた腰をとめることはなかった。
広瀬が、泣いて悲鳴をあげ、やめてほしいと東城をなじっていたことや、そう言われながらやめることができず一人よがりに快楽を求めた自分が、東城にとって自責になっているのだろう。
広瀬は東城の髪をなでた。
広瀬が何も言わないでいると彼は耳元でいった。「お前の中、気が狂いそうになるくらい気持ちよかった」
それは、正直なところ自分も一緒だ、と広瀬は思った。もしかすると、今度したら本当に、狂ってしまうかもしれない。彼に抱かれて身体中が感じて、今でもこうして撫でられていると、もっと欲しい、もっとして欲しい、と身体の奥が求め始める。自分で制御できず怖いくらいだ。自分はどうなってしまうのだろう、と広瀬は思った。彼の腕の中でこのままおぼれてしまうのだろうか。ため息をつくと、それも熱い吐息になった。
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