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警護班

警護班は、応援部隊と本庁との合同で組織されており、人手不足のため少人数だった。広瀬がいくと、歓迎された。24時間警護では、何人いても足りないのだろう。 初日の朝、黒沼の自宅の玄関にいた警護の担当者に出勤を告げた。 彼は、広瀬をみて、いきなり、 「ああ、大井戸署の噂の美人刑事だな」 といってきた。 広瀬がなんのことがわからずとまどっていると、 「お前のことだよ」といわれる。 「大井戸署の超美人がくるらしいって昨日からもっぱらの話題だ」 そして、しげしげとみられた。 「確かに、噂にたがわぬ美人だな。そうだ、それと、お前、かなり喧嘩っ早い問題児らしいな。その噂も聞いているぞ。ここでは控えてくれよ」 そういわれて、班長がいる場所を教えてもらった。 班長は、本庁からきており、広瀬より10歳くらい年上にみえるさわやかな男だった。 てきぱきと警護につくべき場所や時間、留意点を指示される。 「黒沼のやつ、あからさまにベッピンを指名してきたな」と班長のとなりにいた男が言った。「あんまり黒沼の近くにおかないほうがいいんじゃないですか?」と彼は班長にいう。 「なにをばかなことをいっているんだ」と班長は苦笑した。 そして広瀬に言った。「悪いな。みんな警護はしているものの、たいしたこともおこらないんで暇になってきてるんだ。こういうときこを気をひきしめるべきだろう」と最後のほうは隣にいた男に言った。サブリーダらしい。 広瀬は、ほぼ黒沼と行動を一緒にすることになっている。黒沼の希望だったためだ。 今のところ、朝、出勤し、夜まで事務所にいて、その後は、家に帰るという真面目な生活だ。本当は夜遊びにもいきたいところだが、俺も殺されたくはないんでね、犯人が逮捕されるまでおとなしくしてるさ。と黒沼がいっている。だから、早く逮捕してくれないと、手近なところで遊びたくなるなあ、と車の中で広瀬に話しかけ、思わせぶりな視線を送ってくる。 広瀬は、無視した。一緒に車に乗っている男が、横目で黒沼をにらむ。 「警護の担当者に、むやみに話しかけないでください」と彼はいった。 「おっと、厳しいな」と黒沼はいう。「だけど、話してるうちに、なにか手がかりを思い出すかもしれないぜ」 「事件の件でしたら問題ありません。ぜひ、お願いします。それ以外は申し訳ありませんが控えてください。われわれは仕事できていますんで、仕事以外の話をされますと気が散って警護を失敗する可能性が高まります」と男は返した。 夜、遅くに黒沼は家に帰った。広瀬は報告をすませると、その日の仕事は終わりだった。帰っていいといわれる。 今日一緒に車や事務所で行動していた男と、朝、玄関であった男も同じ時間でひけることができる。一日一緒だった男から車をだすから、黒沼の家の近くで、警護班が事務所をおいている署に行こうといわれた。警護のため銃を携帯しており、署に預ける必要があるためだ。 広瀬は、後部座席に座る。2人は前に座った。 「黒沼のことは以前から知っているのか?」と朝の玄関の男に前から話しかけられる。 「いえ、黒沼の帰国前に捜査で彼の事務所にいっただけです」と広瀬はこたえた。 「なるほどな。この前から、ずっと、黒沼がお前を指名してきた理由をみんなで考えててたんだ。こころあたりはあるのか?」 「さあ、黒沼が帰国したときにたまたま会って話を聞いたからじゃないでしょうか」 男はうなずいた。「その話はきいた。だけどなあ、それで警護にこいっていうか?」 「俺にはそれ以外は考え付きません」と広瀬はこたえた。 「確かにな」と玄関の男はいう。「あの黒沼、なにかしようとしているよな」と隣の座席の男にいう。 「ああ。こちらに聞かれないようにコソコソ電話してるしな。だいたい、ドラッグの売人なんだからろくなもんじゃないんだろうが、下手なことをしないといいんだが」ともう一人が言った。 署は、車で10分ほどでついた。書類に記入し銃を預けると、やっと家に帰ることができる。他の2人は、だらだら話をしながら、広瀬と一緒に署の出口に向かう。 「あれ、誰だ?」エントランスで、玄関の男があごをしゃくる。 みると、車止めの付近に、黒い重厚な高級外車が停まっていた。 運転席から東城がでてくる。 ドアのところでこちらを見ている。広瀬がくるのを待っているのだ。 「お、東城じゃないか」と玄関の男がいう。彼は、手を東城にふった。知り合いなのだろうか。「東城、久しぶりだな」 東城は、玄関の男をみて、ああ、と手をあげた。「糸井、お前も警護班だったのか」 「そうだ。お前はなにしにきたんだ?って、ああ?もしかして、大井戸署は送迎つきなのか?大井戸署は過保護だなあ。かわいい後輩が心配になって迎えにきたのか?」と騒ぐようにいう。 東城は、あまり相手にしていない。「あのな、糸井、そんなわけあるかよ」と言った。そして、広瀬にいう。「高田さんが、いろいろ動きがあって、話をしたいから、戻れって。疲れてるところ悪いな」 「わかりました」広瀬はこたえた。 「えー。これから、戻るのかよ。大変だな」糸井と呼ばれた玄関の男はあきれていた。 「お前たちも近くまでなら送るぞ」と東城はいう。 糸井と今日一緒にいた男は礼をいい、遠慮なくのってきた。 「この車、どうしたんだよ」と糸井がきいている。「署の車じゃないだろう?こんな予算ないもんな。装備も入ってないし」 「これは、私用の車だ」と東城は車をだしながらいった。「用事があって実家に行ってたら、急いで大井戸署に戻れって言われて家の車を借りたんだ。たまたまこの車しかなくてな。俺の趣味じゃない」 「おー。金持ちは違うね」と糸井はいう。 東城は返事をせず、否定もしなかった。 途中で突然糸井が東城に言い出した。「広瀬の前でいうのもなんだが、黒沼のやつ、ずっと広瀬に話しかけてたぞ。大井戸署に言って、警護班からはずしてもらったほうがいいんじゃないか?」 「黒沼が指名してきたんだろ。はずせるのかよ」と東城は答えた。 「そうだけど、黒沼、相当だぜ。広瀬に何かされたら困るのは大井戸署なんじゃないのか?」 「なんだよそれ。なんで黒沼が広瀬に何かできるんだよ」 「まあ、そうなんだけど、こっちも、広瀬が気を悪くして黒沼ともめて欲しくないからな。こいつ、暴行の前科がかなりあるって聞いてるぞ」と糸井が広瀬を示して言った。

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