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追跡
1時間ほど無言で過ごした。
そろそろ浅井と会う約束の時間だと思っていたら、無線で関係者一斉に連絡が入った。
「浅井から、場所の変更依頼がきている」
指定された場所は黒沼オフィスから車で30分ほどのところにあるホテルだった。そこのラウンジで会おうといってきたらしい。
急な変更を浅井が言ってくることは予想がついていた。
黒沼は、若い従業員の佐々木と一緒にオフィスを出た。佐々木の運転でホテルへと向かう。広瀬と君塚にもホテルへ向かうよう指示がでた。
黒沼が乗る車を追うのではなく、先回りしてホテル周辺の状況を確認するようにという連絡だ。広瀬は指示に従い車を走らせた。君塚は無線の指示を聞いている。
浅井が指定してきたホテルはターミナル駅からやや離れたところにあるが、多くの人が出入りしている。広瀬たちはホテルの外周を回ってみた。どこかに浅井の車がいるのかもしれないが、こう車が多くてはわからない。
ホテルのラウンジには既に何人かの捜査員が入ったという連絡が無線で入る。浅井の姿はないようだ。泊り客も素早くチェックされているが、今のところ浅井がそのホテルにいるという情報はない。
広瀬は何周かホテルの周りをゆっくりと回った。ホテルの車の入り口は3箇所あり、それぞれに捜査車両がきている。黒沼の車はまだ現れていない。
「あれじゃないですか?」と君塚が遠くからくる車を指差して言った。オフィスからホテルに移動してからかなり時間がたっている。ナンバーを見ると確かに黒沼の車だ。佐々木らしい男が運転している。
だが、車はホテルの入り口を素通りしていった。他の入り口にも近づかない。
ホテルの前をまっすぐ通りすぎていった。
広瀬は、すぐにハンドルを切り、車を追った。君塚があわてて本部に連絡をしている。
しばらくして「黒沼の車に設置してあった無線機からの応答が切れた。GPSもはずされている」と本部から連絡があった。「なにかあったようだ。そのまま黒沼の車両を追うように。ただし、無理に接近するな」
もう1台捜査車両がついてくる。
佐々木の運転する車は加速していった。明らかに追っ手を撒こうとしている動きだ。
広瀬はアクセルを踏んで後に続いた。一般車両の多い夕方の道路で、佐々木の車はかなり強引に車の間を縫ってまえにすすんでいく。ほとんど信号無視のようなこともしてくる。
君塚が何度もせわしなく「無茶しないでくださいね」と広瀬に声をかけてくる。ここで広瀬たちが車両を見逃しても、警察の車両追跡システムの中で早期に発見される可能性は高いのだ。
広瀬は君塚の依頼を無視することにした。あの車両で何かが起こっているのだ。
日が落ちてきて、気がつくとあたりは暗い。車は幹線道路を離れ、入り組んだ路地の道に入っていく。一方通行の多い道だが、車は交通標識さえ無視して進んでいく。
曲がりどころを間違えたのか、いくつか角を曲がるうちに視界から車が消えた。
広瀬は、このあたりの路地を思い出そうとした。このあたりは地図を作るために何度も来ていたのだ。どこが行き止まりか、どこが裏道かサブシステムに全て記録している。他のことも記録しているかもしれない。
「君塚、運転かわって」と広瀬は車を停めて言った。
「はい」君塚は素直に従い座席を代わってくる。
広瀬の乱暴な運転が終わって安堵した声だ。
広瀬は、サブシステムを操作し、周辺の地図を呼び出した。ここから先、行くとしたらどこだろう。路地の多い住宅街を通り過ぎると、そこは、小さな工場や倉庫、駐車場、風呂なしアパートなどの地域になる。細い川が流れ、車が入り込めない道もある。ここに入り込んだのだろうか。
広瀬は、今回の事件に関係する住所情報を全て地図にかぶせた。どこかに関連する情報はないだろうか。黒沼と佐々木、浅井に関係する場所がこの付近に。
何点かが赤い色の点で現れた。黒沼の健康食品ビジネスのカタログを印刷している会社。ここは彼らが行くには関係が薄すぎる。黒沼のオフィスのオーナーが持つ別な事務所。可能性はある。
殺された不動産屋が契約した建物。不動産屋の契約物件は全て賃貸契約だが、ここだけは売買契約だ。不動産屋自身で購入し、だれかに売ろうとしていたのだ。誰に?そもそも購入資金はどうしたのか?ここが一番関係がありそうだ。
広瀬は、その地図の場所を君塚に伝えた。ここから車で10分くらいの場所だ。今いる住宅地からは少し離れてしまう。
「本部からはこのあたりを丹念に探せっていわれてますけど」と君塚が聞いてきた。
「知ってる」と広瀬は答えた。そして再度タブレットを示す。「この建物のある場所も周辺だから」
君塚はうなずくとハンドルを切った。「行くのはいいですけど、無茶しないでください」とまた言われた。
広瀬はサブシステムの画面と街並を何度も見比べて君塚には返事をしなかった。
目的地よりかなり前で広瀬は君塚に車を停めさせた。「見てくる」とつげて車を降りる。
「ちょっと待ってください。一人で行かないでください。俺も行きます」あわてて君塚が運転席からでてくる。
「ここで待ってろ。むこうについたら連絡する」と広瀬は答えた。「二人とも車を離れたら、いざというときに追いかけられなくなる」
君塚は首を横に振った。「じゃあ、ここで一緒に応援を待ちましょう」
「応援が必要かどうか見てくるだけだから」
そういうと君塚の静止を聞かず走った。
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