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謎の人物
戻ってきたときには、大きなスーツケースを転がしていた。後ろから初老の男がついてくる。手には拳銃があった。広瀬の知らない男だった。
佐々木が聞く。「誰ですか?」
どうやら浅井しか知らない男のようだ。
「黒沼の荷受に行ってもらった」と浅井は答えた。「港からもってくるのに、あのあたりに精通してる人の方がいいからな」浅井はそれ以上の説明はしなかった。
初老の男は拳銃を片手に少し離れた位置にたっている。無言だ。視線はするどく、浅井や佐々木、黒沼を交互に見ている。さらにいぶかしそうに広瀬をみた。
浅井は、スーツケースを開いた。白い粒が大量に見える。「これが、原料か」と浅井は黒沼に聞いた。
「らしいな」と黒沼はろくに見もしないで答える。「俺も、今回初めての取引で、よく知らないんだ」そう言った後、彼はあわてたように広瀬を見た。「あれは、鼻炎薬の材料だって言われて預かってるっていってた知り合いのものだ」この期に及んで自分は関係ないといいたいらしい。
ドラッグの原料になるのだろう。
浅井は袋を見ている。本物なのかどうかも判断つかないようだ。
これでいくらくらいになるのだろうかと広瀬も思う。ドラッグを精製するとしても、この程度の量では浅井の借金分半額にもなりにくそうだ。
浅井は、スーツケースをしめた。腕時計を見る。
彼は佐々木に聞いた。「後どれくらいで売人が来る?」
「30分くらいです」佐々木はスマホを見ながら言う。
会話のやりとりから、どうやら売人とは原料の取引に来る半グレの集団のことらしい。
浅井は再度黒沼を見た。「この原料のルートを教えろ」
黒沼は肩をすくめる。「複雑だし、俺じゃないとおろさないと思うぜ。教えてやるけど。連絡先は俺のオフィスにある。今は警察でいっぱいだろうから、どうしようもできないけどな」
「そうか」浅井は言った。「じゃあ、ここで、始末してもらうか」と浅井は言った。「ここで死ぬのと、この刑事と一緒に半グレに売られるのとどっちがいい?」と浅井は広瀬をあごでしめした。
「まあ、待てよ。そうイラつくなって」と黒沼は答えた。「協力はする」
浅井は再び腕時計を見た。かなり落ち着かない様子で小刻みに足を動かし、顔をひきつらせている。
「金は?どこにあるんだ?」と黒沼に聞く。
また、手に鉄パイプを握った。「後、30分で話さないと連中がくる」
「もう一回殴られたら痛くて話せなくなるぜ。今でも気を失いそうだ」と黒沼が言う。
「口の減らない奴だな。試してやろうか。金はどこだ?」浅井が再度鉄パイプを振り上げる。
広瀬が再度静止しようと思った。
その時、銃声がした。
悲鳴があがる。
撃ったのは初老の男だった。撃たれたのは佐々木だった。佐々木は大声をあげながら足をおさえて転がりまわっている。
さらに、銃声がした。明らかに初老の男は佐々木を狙っていた。
突然のことすぎて広瀬は全く動けなくなった。初老の男がなぜ佐々木を撃つのかわからなかった。
佐々木は痛みにのたうちながら、這って広瀬を盾に身体を初老の男から隠した。
「なんで俺を撃つんだよ」と佐々木はわめく。
浅井も初老の男を驚いてみている。「ちょっと待ってくれ、今、撃たなくても」と言っていた。「後でって言ってただろう」
「時間がない」と初老の男が初めて言った。「刑事がここにいるということはいずれ警察がくる。早く終わらせたい」
初老の男が広瀬に銃口をむける。「そこから少しずれてくれれば佐々木を撃てる」と言った。
「なんだよ、なんで俺が撃たれるんだよ」佐々木は泣き声だ。痛い、痛いと言っている。
広瀬はやっと我に返った。佐々木を本気で殺すつもりなのだ。それがわかると、むしろ佐々木をかばおうとした。
初老の男は広瀬が動かない意志を示すと、狙いをずらした。明らかに広瀬の頭を狙っていた。広瀬を殺してから、佐々木を殺すのだろう。
血の気が引く感覚がする。初老の男の目は冷たく、ためらいがなさそうだった。何の説明もなかったが、この男が、今までの殺人の犯人だったのだとわかった。そして今、自分を殺そうとしている。
銃口に身体が恐怖で震える。初老の男の黒目は見たことがないほど暗い。
その時、上の方から声がした。
信じられないことに、東城の声だった。
「田島さん、銃をおろしてください」その声はいった。大きくはないがよく通る冷静な声だった。
名前を呼ばれて初老の男はわずかに顔を動かした。
銃口は動かない。広瀬の頭を狙ったままだ。
田島以外の全員が声がしたほうを見た。広瀬も東城の方をむいた。
天井の高い倉庫の上の方に、壁をぐるっと一周する張り出した通路がある。そこに二人の人影があった。影になってはっきりは見えないが、体格がいい男が東城であることはあきらかだった。もう1人はよく知っている隣の班の刑事だ。二人はそれぞれ拳銃を田島に向けている。
東城がもう一度初老の男に銃を下ろすよう言った。
「あなたが少しでも動いて広瀬を撃とうとしたら、俺はあなたを撃ちます。あなたはいずれにしても佐々木を殺すことはできない」
田島と呼ばれた初老の男は、ふっと笑った。
彼は、素早く動き、東城に銃を向けた。2回銃声が鳴った。一発は田島が東城に向けて撃ったもの、もう一発は東城が言葉通り田島を撃ったものだった。
田島の銃が手からとんだ。
広瀬は床に落ちる銃を見た。ほとんど転がるように銃の上に覆いかぶさった。これを田島が拾い上げ再び佐々木をねらわないようにしなければ。
東城ともう1人が走って張り出した通路から階段を降りてくるのが見える。東城はほとんど階段の途中で飛び降りていた。
田島は右手を押さえていたが、すぐに懐に手をいれた。大ぶりのナイフがでてくる。これも、彼の凶器なのだ。田島はそれをもって佐々木に向かっていった。佐々木は撃たれたショックと恐怖とで動けないようだ。
「逃げろ!」広瀬は佐々木に大声で叫んでいた。「動け!」
その声に佐々木はわずかだが動いた。
田島がナイフを佐々木につきたてようとしている。広瀬は必死になった。身体を起こして田島に体当たりしようとした。両腕が自由でなくバランスが悪いので効果的ではないのはわかっている。
田島がナイフを持つ手で広瀬を払いのける。佐々木は悲鳴をあげながら這って逃げた。
東城と隣の班の刑事が走ってきて、二人がかりで田島を取り押さえようとした。ナイフを取り上げ、手錠をかけるまで、かなり時間がかかった。倉庫の入り口からも2人顔見知りの刑事が走って入ってきた。彼らは、田島を取り押さえるのに協力している。しばらくして田島が抵抗をやめた。
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