38 / 46
後始末2
広瀬が座り込んでいる間に、多くの捜査員や救急隊員が倉庫に入ってきた。その中に君塚がいた。君塚は広瀬を見ると走ってきた。泣きそうな顔をしている。
両腕をつかまれてゆさぶられた。
「あんなに言ったのに、どうして行ったりしたんですか」と言う。「だから応援を待とうって言ったのに」君塚は広瀬が戻らないため必死に探したのだろう。口調は広瀬に抗議するというよりも、二度とこんなことをするなという叱責に近かった。
「こんなことになるなんて」君塚は長時間きつく縛られたせいで血がにじむ広瀬の手首を繰り返しなでてそういった。
広瀬は、何度も何度も複数の捜査員に今までの経緯について質問をされた。廃屋に入るまで。そこから車のトランクでこの倉庫に来るまで。トランクからでて、田島が来るまで。田島が取り押さえられるまで。
現場にいた人間の位置関係も説明していく。報告するというより取調べに近い雰囲気だった。広瀬が指示もなく動いた結果監禁されたので仕方ないことではあった。今は怒られるまではいかないが、時間がたてば上に呼び出され、なんらかの処分があることは確実だろう。
広瀬が説明をしている間、東城が誰かがもってきたタオルで頭の血をおさえながら、状況を報告しているのが遠目に確認できた。
救急隊員が東城の近くにきて傷の様子を見ている。左腕の方が痛むようで、右手で上腕部を示して説明している。上着を脱いで、腕を固定し、保冷材のようなもので冷やし始めていた。
彼は、その場できびきびと動き、説明と報告をしている。腕が痛むのだろうか時々顔をしかめているが、誰かに冗談を言われると笑顔もみせていた。
ほぼ尋問されている状況の広瀬とは大違いだった。自分については自業自得なので仕方ないともいえるが。
なぜ、東城がこの倉庫に現れたのか、広瀬にはわからなかった。田島が銃を広瀬に向けたあのとき、あのタイミングでどうして現れることができたのか。そもそも、この倉庫のことをどうして知ったのか。彼は、ずっとどこにいたのだろうか。
東城は忙しそうで、広瀬のほうを見ようともしていなかった。
あらかた聴取が終わると広瀬は隅の方で座り込んだ。君塚が毛布をもってきた。ふわりと肩からかけてくれた。
気がつくと朝になっていた。倉庫の窓から朝日がぼんやりと入り込んでくる。
宮田の姿がみえた。彼も広瀬を見るとこちらにきた。
宮田が毛布をかけて座り込む広瀬を上から見た。「わ、汚いなあ。広瀬、どこにいたんだよ?」と聞かれた。
確かに、廃屋も相当汚いところだったし、その後の車のトランクもほこりだらけだった。服がどろどろなのと同じくらい顔も髪もひどいものだろう。
宮田のうわっという顔をみてはじめて疲労感がどっとおそってくる。少なくとも宮田は自分に怒った顔をしてこない。
そういえば、おなかがすいた、と広瀬は思った。昨日の昼からなにも食べていないことを思い出した。目を閉じて休憩したくなった。
「こら、広瀬、寝るなよ」と宮田に足でおされた。「もうちょっとしたら高田さんがくるらしい。しぼられるぞ」
「おなかすいた」と広瀬はつぶやいた。
宮田は苦笑した。「ちょっと待って。高田さんが来たらお願いして、怒られる前になんか食べに行かせてもらおう」と言ってくれた。
だが、高田はなかなか現れなかった。広瀬は、限界に近かった。宮田が広瀬のよこにしゃがんでいた。用事がありそうなふりをしてさぼっているのだろう。早く帰りたいなあとぼやいている。
「宮田、そんなところで油売ってんじゃない」そういいながら東城が君塚と一緒にこちらに歩いてきた。まだタオルで額を押さえている。
広瀬は立ち上がった。宮田もあわてて立ち上がる。
彼は広瀬と東城を交互に見ていた。
「高田さん、こっちには当分こられないらしい。大井戸署に戻って来いってうってるから、一旦帰っていいぞ」と東城が言った。ほとんど広瀬は見ず、宮田に話しかけている。「宮田、車あるか?」
「はい」と宮田がうなずく。
広瀬は、東城に聞いた。「どうして、ここに来たんですか?」
「ここに?」東城は広瀬に視線をむけた。意味がわからなかったようだ。
「あの時、どうして、ここに?どうやって知ったんですか?」
「この倉庫にか?」東城は聞き返してくる。「それはこっちのセリフだ、広瀬」彼は怒っているのだ。「お前こそ、なんだって、ここに来る羽目になったんだよ。しかも、縛られて、撃たれそうになって。俺たちが来なかったら、今頃死んでただろ。なんで、無茶なことするんだ。君塚がついていて、どうしてこんなことになるんだ」東城から言葉が発せられるごとに語気が強くなり、怒りがにじんできている。
「君塚には待っててもらったんです」
「ああ、そうか。それで、話がすむと思ってるのかよ」
「田島のこと、知ってたんですか?」と聞いた。
「ああ」と東城は言った。自分の怒りを抑えようと努力しているのだろう。「田島のことは前から探ってた。奴が今日家をでたときから、ずっと跡を追ったんだ。そしたら、この倉庫に来た」
「どうやって田島のことを?」
ずっと東城は広瀬に黙って別な犯人を追っていたのだ。広瀬が警護班に行ったり浅井を呼び出すために黒沼とやりとりして忙しくしていたのを知っていながら、他の犯人の可能性については何も言わなかったのだ。
予想以上に返ってきた東城の声は冷たかった。
「田島の仕事の案件ででていた海外の会社名と、お前と宮田が整理しろっていって見せてくれた浅井の投資案件ででてきた会社名が類似してたからだ。田島は商社で東南アジアのベンチャー投資の仕事もしていた。浅井がベンチャー投資のサギにひっかかったのを田島が知ったのか、そもそも田島が浅井をサギにひっかけたのかはわからないが、どこかでつながってると推定したんだ。今から思えば、捜査の途中でお前が警護班に行ってくれて、他の捜査情報が入りにくくなってよかったよ。でなきゃお前のサブシステムとやらで全部つながって、もっと前にお前が田島を勝手に追求して、田島を逃がすはめになってたかもしれないからな」
「でも」
「うるせえよ。ごちゃごちゃ言うなよ。あの時、こっちがどんな気持ちだったと思ってるんだ。このバカ」
そこまで言われたところで広瀬の手があがった。
「うわ、よせよ」と宮田が焦る声が聞こえる。
広瀬が殴ろうとした手を東城がタオルをもっていた右手でさえぎる。タオルが床に落ちた。力は東城の方がはるかに強いのはわかっているが、今は左手を固定していて使えない。広瀬はつかみかかろうとした。
「広瀬さん、やめろてください」と君塚も言って広瀬の手をとってとめてくる。「東城さん、怪我してるんですよ」
広瀬がとめられたのをいいことに東城が言葉をつなげる。
彼は広瀬に手をださないが、広瀬よりも怒りの度合いは高かった。
「お前、自分の今までのこと考えてみろよ。指示に従わないことばっかしてる奴にどうして微妙な捜査情報を教えると思うんだ」と東城が言いながら広瀬を押しのける。「今回だって、指示に従わずに動くから、あやうく撃たれるところだったじゃないか。自分の命も大事にしないし、周りも迷惑だろう」
「東城さんもやめてください」と宮田が言った。「こんなとこで、今、広瀬を挑発しなくてもいいでしょう」
東城はさらに何か言おうとしたが、宮田にさらにさえぎられる。
彼は、タオルを拾い上げてまだ血がにじんでいる頭をおさえるとその場を立ち去った。
広瀬は、君塚の手をふりほどこうとした。追いかけて行って殴ろうかと思ったが、君塚が広瀬の腕を握りはなさず、首を横にふったので、それはできなかった。
ともだちにシェアしよう!