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色にでにけり
数日後、広瀬は宮田と黒沼の入院している病院にむかった。令状がでたため黒沼の家もオフィスも調べられている。何点か確認しなければならないことがでたのだ。
宮田が広瀬に事件の進展を教えてくれた。
「浅井はペラペラなんでも話してるらしい。浅井の話によると、殺人事件は全部田島がやったらしい。田島は前に娘さんの自殺の原因のレイプ犯をずっと調べてたんだって。レイプ犯はどれも黒沼のドラッグがらみのグループだってことまでつきとめて、浅井に協力しようって言ってきたらしい。半年くらい前のことで、浅井はそのときから投資の失敗で首が回らないどころのさわぎじゃないくらい追い詰められてて、田島の話にのったんだって」
「田島は?」と広瀬は聞いた。
「田島はだんまりだ。弁護士もきてるらしいから、長丁場になりそうだって」と宮田が答える。「田島は奥さんが去年亡くなって、失うものがなくなったって言ってたって浅井に言ったらしい」
「浅井の投資の失敗は田島の企み?それとも黒沼?」
「そこはまだわからない。今は、殺人の実行犯を確定させることを重視してるからな。投資の件は、うちの署からするとある意味どうでもいいっちゃいいだろ」と宮田は答える。「死体があった現場の花びらは、田島のメッセージだったんだって。浅井はやめろって言ったんだって。犯人だってばれやすくなりそうだからって。でも、やめなかったらしい。田島にとっては復讐だからな。浅井は止められなかったんだって。本当に田島が人を殺してきたから怖くなったらしい」
田島の家から花びらの冷凍保存がみつかったという知らせもあった。田島が実行犯であることは間違いないだろう。
黒沼は足の骨を砕かれ、かなり殴られていたため重傷だった。朝からひっきりなしに刑事が質問にくる、と不満そうだった。
「俺はけが人で、今回の事件の被害者だぜ。犯人みたいな扱いされるのもどうかと思う」と黒沼は言った。
宮田はまあまあ、と黒沼をなだめていた。
「あの後、倉庫に浅井が呼んでた半グレの連中も、少し逮捕できたそうじゃないか」と黒沼が言った。「殺人犯も捕まえられる、ドラッグの原料の取引もおさえられるであんたたちにとっては、いい結果になったんじゃないのか。俺がこの件に関係してるかどうかなんてこと、ちょっとは見逃してくれればいいんじゃないのか?」
宮田は肩をすくめている。「俺たちは下っ端なんで、そういうことはわからないんですよ」と言っていた。
黒沼は笑った。彼は宮田の後ろに立つ広瀬を見る。「広瀬さん、無事でいてくれてよかったよ。元気そうでよかった。あの、最後にあんたをかばって浅井の鉄パイプで殴られてたお兄さんは、どうしてる?入院したのか?お礼を言っといてくれよ。あれで殴られてたら、俺、死んでたかもしれない」
宮田は広瀬を見た。広瀬は仕方なく答える。「東城さんは入院はしていません。お礼のことは伝えておきます」
宮田は黒沼に輸入関係の書類を見せた。ドラッグの原料を持ち込んだ際の書類と思われるが、黒沼の確認が必要だったのだ。黒沼は、これは健康食品の書類だと言ってゆずらなかった。倉庫にあったドラッグの原料は、浅井が田島に依頼して持ってこさせたと言っていたが実際にはどこにあったなんなのかは知らないというとぼけぶりだ。
「浅井は俺が助けてやってたのに、裏切ったんだ。俺はショックだぜ。佐々木まで俺を裏切るなんてな」
黒沼は顔を片手でなでる。
ショックだといいながら、どこか面白がっているような声なのは、この男の性質なのだろう。
「田島が佐々木を撃った理由に心当たりはありますか?」と宮田は聞いた。
浅井は、田島に言われて佐々木を仲間にしたらしい。そして、佐々木と黒沼を始末するから連れて来いといわれたのだそうだ。浅井は、どちらも田島の娘の復讐のためだとは思っていたが、具体的に佐々木がなにをしたのかは知らないと言っていた。ドラッグを亡くなった田島の娘に売っていたのか、薬をやめようとする彼女を誘惑したのか、それともレイプ犯の1人だったのだろうか。
黒沼は、さあ、と言った。「俺はあの田島さんって人のことは知らない。なんで俺があの人に恨まれるのかも検討がつかない。佐々木は、悪い奴らとつきあってたからな。あの、この前殺されたドラッグの売人の2人は、佐々木のつれだ。あの連中と悪さしてたんじゃないか」
「悪さというのは具体的に聞いたことはありますか?」
「あんまり覚えていないなあ。俺は佐々木に悪い奴らと付き合うのはやめとけって何回も注意したんだ。こっちは、まっとうな商売してるんだからなって。こんなことに巻き込まれるとわかってたらもっと強く言ってた」話をしないつもりらしい。
「佐々木のこと、ちょっとしたことでもいいんですけど思い当たりませんか?田島だけが恨みを抱いているのならいいのですが、もし彼に仲間がいたりすると、このままわからないままでは同じことがおきないとも限りません」と宮田は言った。
黒沼は考えるふりをしている。
数分後に彼は言った。「そういえば、あのドラッグの売人の2人が女の子に乱暴したときに、一緒にいたって言ってたような気がする。その後、女の子が自殺しちゃったからヤバイヤバイって何回も言ってたな。佐々木は気が小さいからな。夢で女の子が何回もでてくるって一時期言ってた。精神科にいけって俺は言ったんだ。あれが、田島の娘だったのか?」
「いつごろのことですか?」
「さあなあ。何年か前だ。最近は夢の話はしなくなったな。本人も忘れたんじゃないか」黒沼は言った。「ほら、なんでもそうだろ。やられたほうは忘れないけど、やったほうは忘れるんだ。いつまでも覚えてなんかいない」そして、自分が言った言葉に満足そうにうなずいている。「ところが突然、こうやってやられた側が記憶のかなたから、よみがえってきた亡霊みたいに現れるんだ。怖いよな。悪いことはできないってことだ」
黒沼自身がドラッグの売買やレイプなどにどの程度関与しているのかはこれから調べるのだが、本人の口を割らせるのは相当面倒そうだ、と広瀬は思った。
「黒沼さんは、浅井の集めた資金をどこに移動させたんですか?」と広瀬は聞いた。「浅井はずっとあなたに金のありかを聞いていましたが」
黒沼はこれにも首を横に振る。
「悪いが、浅井の金のことは知らないんだ。ああいう金はね、広瀬さん、溶けちゃうんだよ。金が溶けるってわかんないかもしれないけど、金っていうのは溶けてなくなっちゃうんだよ。広瀬さんがもらってる給料みたいな金は溶けたりはしない。大事に銀行に入れて、頻繁に通帳みて、ちょっとずつ使ってるからな。でも、浅井が集めて動かしてたでかい金は、溶けることがあるんだ」
「あなたも出資していましたよね。それでいいんですか?」
「いいわけあるかよ。俺だって金を取り戻したい。でも、あの金のことは追求しても仕方ないんじゃないか。田島よりも怖い奴らがくるよ」
「マネーロンダリングに関係しているんですか?」
「さあなあ」と黒沼は言った。
「浅井は、殺されるかもしれないって今でもいっていますよ」と宮田は言った。「田島にではなく、金を出したヤクザたちに。ヤクザに金が流れたわけではないんですか?」
黒沼はうなずく。「浅井は、トロいやつなんだ。俺はガキの頃からよく知ってる。警察につかまえてもらって安心してるんじゃないか。ムショに入ったら、そこでどういう目にあうのかは知らないけど」
「友達って言ってましたよね?」思わず広瀬は黒沼に聞いた。友達だから、信用してビジネスをしたと、あの倉庫で言っていた。
黒沼は広瀬をまじまじとみた。そして面白そうに笑った。
「あれは、あの場だったから言ったんだ。広瀬さん、あんた、いい人だな。俺の言葉を信じたのか?俺は、浅井なんて友達だなんて思ってないぜ。あいつはトロいくせに、コツコツ仕事しようともしないで、金儲けしよとしてたんだ。だから、ちょっと助けてやったんだ。ああいう奴は、使えるからな。自分はできるって思い込んで、大金を引っ張ってきてくれた。たいしたもんだよ。おだてれば木に登るっていうだろ」
「じゃあ、やっぱりあなたが浅井の金を?」
黒沼は肩をすくめる動作をしようとして、痛みで顔をしかめた。「金のことは知らないって言ってるだろ。浅井のおかげで、俺も今回は、商売をいろいろ失ったんだ。怪我で当分動けないし、あんたたち警察がうろちょろしてるから、信用もがた落ちだ。浅井の金をとりもどせるならそうしたいところだ。なにかわかったら教えてくれ。俺はなにも知らない」
そして、咳き込んでみせた。「今日はもうこれくらいにしてくれないか。身体がしんどいんでな」
宮田は広瀬にうなずいた。「また、来ます。お大事に」と宮田が礼儀正しく言った。
帰ろうとする広瀬を黒沼が呼び止めた。「広瀬さんに聞きたいことがあるんだ」
宮田が外にでるのは止めなかった。
黒沼は、広瀬を手招きした。小さい声で何かを言っている。広瀬は彼の近くまでいかざるをえない。
「なあ、金の件で思い出すことがあったとして、あんたに言うといいことがあるのか?」
何の話かわからなかった。黒沼は平然とした顔をしている。黒沼のこういうところが特に広瀬は特に苦手だ。相手にせず帰ろうかと思ったが、そでをつかまれた。
「あんたが特別なサービスしてくれるとか、そういうのは?」
「浅井の金の件で証言をしたいのでしたら、その場を設けます。必要があれば弁護士も紹介します」と広瀬は答えた。
「そうか。それは、どうも。弁護士はもういるからいいよ。あんたのサービスがないなら、そうだな、警察かヤクザかとの別な取引材料にとっておくよ。あんたは、あんたの男に義理立てしないといけないもんな。あれがあんたの男なんだろう」
黒沼は広瀬の顔をじっとみてくる。黒沼が誰のことを言っているのかはわからなかった。
「あのとき、あんたをかばった男、そうさっき『東城さん』って言ってたな、あれがあんたの男なんだろ。あんたを満足させるのはああいう男なんだな。あんたが、同僚とつきあってるとは思わなかったよ。同僚とつきあうようなタイプじゃないと思ってた」と黒沼は言った。
広瀬は思わず黒沼の目を見返してしまった。
黒沼は真剣な顔をしている。「あの時の、あの男をみてるあんたの目。いつものあんたからは考えられないような目だったな。身体中が濡れてそうだった。うらやましいよ。あんたにあんな顔をさせるなんて。でも、あんたの男が勢田じゃなくてよかった。あの『東城さん』だったら、俺があんたにちょっかいかけても、東京湾には沈めなさそうだからな。俺にも少しはチャンスがあるってわけだ」
「それは、どうですかね」と広瀬は答えた。
黒沼は笑い出した。
「冗談だよ、広瀬さん。あんた人の言葉には用心しろよ。この手の話しには弱いんだな。用心して、いつもみたいに誰に対しても知らん顔してたほうがいい」
からかわれたのだろう。広瀬は、笑う黒沼を置いて、病室をでた。
宮田が外で待っていて、「何の話?」と聞かれたが、「なんでもない」とだけ答えた。
なんてことだ、と思った。どうして黒沼にはわかったのだろうか。いやかまをかけられただけなのだろうか。
思わず目をとじて両手でまぶたをこすった。
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