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「でも、元気そうで良かった。いいとこでお世話になったのね」
「え?」
「茄治君だったかしら? 桔梗のことよくわかってる」
そんなこと言われると恥ずかしい。だって茄治は家族とかそういうんじゃないから。
「それはどうなんだろう」
茄治はまんざらでもないようににやけ出した。
俺はちょっと気になったことを聞いた。
「笹川さんって付き合ってるの?」
「やっぱりわかっちゃう?」
母さんは説明してくれた。
「もうあんな怖い思いしたくないし、歳も歳だから夜の仕事やめようと思ったの。派遣であまり稼げないけど、事務の仕事をやるようになって。前の職場の時に出会って、店の事務やらないかって誘われたのよ」
母さんはもうホステスしてないんだ。
「でも、本当に最近よ。あなたのお父さんのことずっと忘れられなかったから」
俺のお父さん?
「あ、あなたの名前の由来、面白いの」
「え?」
「ホステスしてた時にいつも花をプレゼントしてくれたのよ。私の名前にちなんでって」
母さんの名前ということは菖蒲の花だろうか。
「でも、それ桔梗だったの」
「え?」
「あの人、ずっと菖蒲だと勘違いしてて。おかしかった」
お母さんは思い出したように笑った。同じ紫色の花で似ていたらしい。
「だからあなたの名前を桔梗にしたのよ。思い出の花だから」
そんな経緯があったなんて。
「妊娠した時、すぐに結婚しようって言ってくれた。でも、|雅樹《まさき》さんの両親に反対されて」
だから俺が父さんの実家に行ったとき嫌な顔をされたのか。
「私みたいな商売の人、嫌がられたんでしょうね。そのせいであなたには苦労させてしまったけど」
「母さん」
俺は別に苦労なんかしていない。
「お父さんは毎日のようにうちに来てたんだけど、事故があって」
父親のことあまり覚えていなかった。事故で死んだとは聞いていたけど、よくわかっていなかった。
自分はちゃんと両親に愛されて育ったのだとわかったから。
「全然知らなかった」
「いずれ話そうとは思ってたんだけど、仕事が忙しくて、あなたと一緒にいる時間が取れなかった。後悔してるわ」
母さんは神妙な顔でもう一度言った。
「黙っていなくなったりしてごめんなさい」
俺は首を振った。
「お父さんの実家、嫌がられたでしょ?」
確かに嫌な顔はされた。
「でも、良かったわ。ちゃんと桔梗のことわかってくれる人がいて」
ふと茄治の顔を見ると、照れたような顔をしていた。
茄治の両親はあまり俺のこと好きじゃなさそうだけど、もう別にどうだっていい。茄治がいたから。
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