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第11話 三度目の正直、なんかじゃない
二度あることは三度ある、とよく言ったものだ。ただ今回は見知らぬ車に乗せられた――と言うのは優しすぎる。これは完全に拉致された、が正しい。
一回目は戦々恐々だったが、まだ扱いは良かった。二回目はお迎えだったので、カウントする必要はないかもしれない。
ちらりと天希が視線を車の中に走らせると、隣にいる大柄な男に睨まれた。口を開こうものなら、容赦なく塞がれそうな雰囲気なので、大人しく口を噤む。
車内が広めのバンには運転席に一人、助手席に一人。後部座席は両脇に一人ずつ。一介の大学生を相手に大人げない人数だ。
凝視しない程度に、天希は彼らの顔に視線を向ける。いままで見たことのない顔ぶれなので、志築のところに関係があるわけではなさそうだ。
それ以外だとすると、なぜ自分などを? という疑問が湧く。あずかり知らぬ場所で、恨みを買う覚えもない。
「こいつ随分と落ち着き払ってんな」
ふともう一人と視線が合い、天希はつい睨み付けるような顔をしてしまった。すると反対横から手が伸びてきて、両頬を片手で鷲掴みされる。
「ふてぶてしい顔していて腹が立つな」
「……いきなり拉致っておきながら、失礼な言い方してんじゃねぇよ。あんた自分の顔、鏡で見たことあんの?」
「口の利き方を知らないガキだ」
「……っ」
加減もなく頬を叩かれて、静かな車内に乾いた音が響く。それでも天希が態度を崩さずにいると、さらに手を振り上げられる。
遮ろうにも手を後ろで拘束されているので、天希は歯を食いしばって相手を睨んだ。
「クソガキが、生意気な目をしやがって」
「やめろ。傷はつけるなと言われてる」
二度目の衝撃に構えていたが、助手席から聞こえてきた声に、振り下ろされかけた手が止まる。天希がバックミラーに視線を向けると、眼鏡をかけた優男風の男と目が合った。
しかし彼はじっと睨み付けても、まったく反応を示さない。
「こういうやつには、一度教えておいたほうがいいんですよ」
「やめろと言ってる。俺は頭の悪い男は嫌いだ」
天希の襟首を掴んで息巻く男は、ため息が聞こえるとともに、ぱっと手を離す。座席に投げ出された天希は、腹立ち紛れに男の足を蹴飛ばした。
その瞬間、目を吊り上げて怒りを露わにされるが、また聞こえてきたため息に、男は歯ぎしりしながら押し黙る。
「子供の挑発に乗るな。まったくなんで俺が、こんなチンピラまがいのことを」
そこつな男が大人しくなると、優男は天希から視線を外した。しばらく視線を送ったが振り返りもしない。
言動や態度からすると、この顔ぶれにそぐわない立場の人間なのだろう。
「あんたたち何者? 俺になんの用?」
「……大人しくしていれば、すぐ帰してやれる。詮索せずに黙っていろ。なにを言われても反論するな」
「すげぇ理不尽」
とはいえ余計なことをして、また叩かれても殴られてもたまらない。天希はそれ以降、口を開かずに助手席の男だけに視線を向けた。
車が停車したのは、それから随分と時間が経った頃だ。どこまで来たのか、さっぱり天希にはわからなかったが、目に留まった建物にげんなりした。
二ノ宮の別邸にも負けず劣らずな日本家屋。家の前には数台黒い車が止まっていて、ガラの悪そうな男たちも多くいた。
「ちっ、やっぱりヤクザかよ。最悪」
「ヤクザの情人やっておきながら、なんだその言い草」
「いろ? いろってなんだ」
車から降ろされて天希が舌打ちすると、黙らされていた男が忌ま忌ましそうな顔で見下ろしてくる。しかし言われている意味が、さっぱりわからない天希は眉をひそめた。
「恋人って意味だ」
「……は? な、なんであちこち、筒抜けなんだよ」
振り返った優男の言葉に、天希はあんぐりと口を開ける。まさかこんなところで、伊上と自分の関係を示唆されるとは思わない。
恥ずかしさで顔が熱くなり、思わず顔を落とし、地面を睨み付けた。
「三野さん、ほんとにこれがそうなんですか? こんな山猿」
「あ? 誰が山猿だ!」
「口答えするな。まったく伊上は躾がなってないな。口から先に生まれてきたのか?」
「うっ」
三野と呼ばれた優男は、天希の額を指先で弾く。先ほど大人しく黙っていろ、反論するなと言われていた。正体不明の相手ではあるが、こんなことで伊上の株が下がるのは申し訳ない。
天希はぐっとこらえて口を閉ざした。
「なんか、すげぇ既視感」
屋敷に入るなり、じろじろと周りから視線を向けられて落ち着かない。値踏みするような視線はどこまでも続き、さすがに天希もうんざりした。
そもそもなぜ、自分がこんなところへ連れてこられたのか、それもわからない。
一言くらい説明があってしかるべきだ、と思うものの。一般的な道理は通じそうには思えなかった。
「敷島さん、連れてきました」
「待ちかねたぞ」
先行く三野に連れられて入ったのは、広間のような場所だ。座敷の奥に年配の男が二人、座っている。
酒の席なのか、それぞれ膳が並べられていて、杯やグラスを手にしていた。
三野に名を呼ばれた男――敷島は彫りの深い顔立ちが印象強く、身体の大きさも相まって威圧感がある。視線を向けられるだけで、睨まれるような目つきの悪さも特徴だ。
その隣にいるのは、対照的なこけた頬と細い身体。だが敷島と同じで、人相の悪さは相当なもの。
正面にいる敷島と目が合い、天希はじっとそれを見つめ返す。少しばかり力んで、睨み付けるような顔になってしまったが、彼はニヤリと口の端を上げるだけだった。
「膝をつけ」
「は?」
しばらく睨み合う形になったが、敷島が突然吐き捨てるように言葉を発した。隣に立っていた三野は黙って膝を折ったが、天希は不満を露わにして口を曲げる。
なぜこうもこの界隈の人間たちは、自分中心に世界を回しているのか。
従って当然という空気に苛立ちを覚える。だが後ろに立っていた男が、天希の頭を掴んだ。
「組長に頭を下げろ」
「痛ぇよ!」
力尽くで頭を沈められ、膝をつかされる。さらには背中を押されて、身体がつんのめった。手は後ろに回されたままで、受け身をとることもできず、畳で顔が擦れた。
車の中で黙らされた仕返しのつもりか、頭を掴む手にさらに押しつけられる。
「あまり手荒に扱うな。怪我でもさせたら大変じゃねぇか」
「とはいえまるで、放し飼いの狂犬みたいじゃないか。伊上はもっと線の細い美人が好みじゃなかったか? 随分と趣味が変わったものだな」
「あいつは少し変わってるからな。たまには珍しいものもつまみたくなるんだろう」
「くっそ、馬鹿にすんな! あんたら何様だよ! どこの組長だかなんだか知らねぇけど、人を勝手に拉致っておいて好き放題言ってんじゃねぇよ」
酒の肴にでもするように見下ろされて、天希は頭に血を上らせた。自分が馬鹿にされるだけならまだしも、遠回しに伊上のことも馬鹿にされて、ますます腹立たしくなる。
「ギャンギャンうるせぇ犬だな」
「こんなのを寝床に入れたら、寝首を掻かれそうじゃないか。それともじゃじゃ馬を、飼い慣らすのが楽しいのか?」
「なるほど、そっちの具合がいいのかもしれねぇな。伊上がハマるお前は、相当いい身体してるんだろうな。寝床で籠絡させたんだろ?」
「あぁ? この下衆野郎! 考えがクズだな」
「生きがいいな。三野、ちょっと上を脱がしてみろ」
「敷島さん、さすがにそれは」
「少しばかり拝見させてもらうだけだ。なにも丸裸にしろとは言ってない」
噛みつかんばかりの天希の様子に、薄く笑った敷島は、顎をしゃくって三野を急かす。しかし上の人間とは異なり、彼はそれなりに真っ当な人間だったようだ。
天希に視線を落とすが、動こうとしない。
「後ろのお前でいい、早くやれ」
三野が黙っていると、敷島は天希の背後に視線を向けた。そうすると乱雑に手が伸ばされて、天希の服を無理矢理に剥ぎ取ろうとする。
「あんたら頭おかしいんじゃねぇの!」
身体を丸めて抵抗しても、背後の男は容赦なく上着を奪い、シャツを引きちぎらんばかりの力で掴む。ボタンが二つ三つはじけ飛ぶと、天希の肌が露わになった。
「昨日もお楽しみだったのか? 痕が随分と残っているな」
「もっと、近くで見せろ」
「やめろっ、頭悪いだけじゃなくて変態かよ!」
襟首を掴まれ、引きずられそうになった。とっさに天希が手の先を睨み付ければ、嬉々とした顔で見下ろされる。まだ先ほどのことを根に持っていて、やり返しの続きをされているのだと気づいた。
しかし男たちの前に転がされて、無遠慮に肌を撫で回されたのと同時に、ふすまの向こうが騒がしくなる。
「待ってください! いま、いま敷島さんに、組長に話を」
一際大きな声がすぐ近くで聞こえ、ざわつきが増す。天希が首をひねって後ろを振り向いた――その瞬間、ふすまが大きくたわみ、内側に倒れた。
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