29 / 51

運命なのかは後にして㉘

 春を感じさる穏やかな日々。日中は感じなかったが、陽が傾くと肌に触れる風が冷たい。 「……拓巳さん?」  俺は、外回りを仕事を終えて大通りから社に戻る途中、声を掛けられ振り返った。  重い前髪、眼鏡にマスクとスーツ…いつもこの格好の人物に該当する一人の名前が浮かんだ。 「結之助(ゆいのすけ)……?」 「やっぱり拓巳さんだ」マスクを取って笑うと誰さんにそっくりだ。 「元気そうだな」 「まあ…一応は……」 「ああ、あれか」俺は結之助が持ってるマスクを指差した。 「……はい」辛そうに結之助が頷いた。  結之助の腕が俺を引き寄せ、首筋辺りに鼻を近付けた結之助は、ゆっくり深呼吸した。 「おっおい…ここ外だぞ」 「相変わらず…いい匂いだ。拓巳さん」結之助が俺の身体を抱き締めた。 「こら、やめろって」  歩道を歩いて行く人達が好奇の眼差しで見ていく。 「今度は……うちの社員を手駒に取る気ですか? 中條さん?」 「……小賀(こ が)先輩」結之助が俺から慌てて離れた。 小賀さん……? また、なんでこんなところにってここ〇〇食品(株)の真ん前じゃねぇか! 「じゃ、拓巳さんまた」 「え? 結之助?」 結之助は、マスクを付けさっさと行ってしまった。その結之助を小賀がじっと目で追っている。 「中條さん…俺の後輩とどういう関係?」 なんかすっげぇ睨まれてるんですけど? 「えっと…小賀さんすみません! 失礼します!」 「え?! 中條さん!」  俺は、状況を説明するのが面倒で走って逃げてしまった。   いい大人がなにやってんだ! 俺、ダッサせぇ!    

ともだちにシェアしよう!