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運命なのかは後にして㉘
春を感じさる穏やかな日々。日中は感じなかったが、陽が傾くと肌に触れる風が冷たい。
「……拓巳さん?」
俺は、外回りを仕事を終えて大通りから社に戻る途中、声を掛けられ振り返った。
重い前髪、眼鏡にマスクとスーツ…いつもこの格好の人物に該当する一人の名前が浮かんだ。
「結之助 ……?」
「やっぱり拓巳さんだ」マスクを取って笑うと誰さんにそっくりだ。
「元気そうだな」
「まあ…一応は……」
「ああ、あれか」俺は結之助が持ってるマスクを指差した。
「……はい」辛そうに結之助が頷いた。
結之助の腕が俺を引き寄せ、首筋辺りに鼻を近付けた結之助は、ゆっくり深呼吸した。
「おっおい…ここ外だぞ」
「相変わらず…いい匂いだ。拓巳さん」結之助が俺の身体を抱き締めた。
「こら、やめろって」
歩道を歩いて行く人達が好奇の眼差しで見ていく。
「今度は……うちの社員を手駒に取る気ですか? 中條さん?」
「……小賀 先輩」結之助が俺から慌てて離れた。
小賀さん……? また、なんでこんなところにってここ〇〇食品(株)の真ん前じゃねぇか!
「じゃ、拓巳さんまた」
「え? 結之助?」
結之助は、マスクを付けさっさと行ってしまった。その結之助を小賀がじっと目で追っている。
「中條さん…俺の後輩とどういう関係?」
なんかすっげぇ睨まれてるんですけど?
「えっと…小賀さんすみません! 失礼します!」
「え?! 中條さん!」
俺は、状況を説明するのが面倒で走って逃げてしまった。
いい大人がなにやってんだ! 俺、ダッサせぇ!
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