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運命なのかは後にして㉙

 俺は、会社前で知った顔を見掛け名前を呼ぼうとして止めた。その人物の横に小柄な女性がいたからだ。遠目だが可愛いのは確かだ。  土師が女と一緒? しかも親しげじゃねぇ?……つーか誰だ?  二人は楽しげに駅の方へ歩いて行く。俺は、無意識に隠れた物陰から、二人を見てため息を吐いた。    何やってんだか…俺にはもう関係ないだろう…あいつが誰といようと____  作業用の上着ポケットでスマホが振動する。俺は、着信の相手を見てタップした。 「由樹之(ゆきの)さん? ご無沙汰してます」 結之助(ゆいのすけ)と由樹之さんなんてタイムリーなんだよこの二人は…… 「え……?」 『志之(し の)が会いたがってる…拓巳さえ良かったら会ってみないか?』   今更なんなんだよ____ 俺は、残りの業務を済ませ社を出た。そのまま帰る気になれず、いつもの居酒屋へ入った。今日は、色々あって疲れた。酒でも飲んでスッキリさっぱり忘れたかったのだ。  隣の席で、何処ぞのリーマン二人が盛り上がっているのを横目に、頼んだビールをハイペースで飲んでいった。俺がはっきり記憶があるのがここまでで____ 「中條さん?」 「え? こ…が…さん?」 「そうです小賀です。大丈夫ですか?」 いつの間にか、寝ていた俺を起こす小賀の顔を見て思い出した。盛り上がっていたリーマン二人は、小賀と小賀の同期の滝川(たきがわ)でいつの間にか俺と三人で飲んでいた。 「こ…が…さん…もっと飲〜みましょうよ!」 「もう…ダメですよ…飲み過ぎたって中條さん」 「だ…い…じょ…ぶ!だ…いじょ〜ぶ!」小賀に抱き付いた俺を後ろから引き離された。 「本当…あんたは酒悪いですね」 「あ…れ? なんで…はぜくんがいんのかな?」 「俺が呼んだんです。土師…中條さん頼んでいい?」 「……はい、すみません。この人、調子に乗って飲んだんでしょう」 「いや、俺も調子に乗って飲ませたから。中條さんまた…滝川、行こうか」 「……おお、じゃね、中條さんと土師くん」 土師が滝川に会釈くした。俺は、酔った手をヒラヒラ振った。 「小賀さん…滝川さん…バイバ〜イ」ふらふらする俺の身体を土師が支えた。 「中條さん…帰りますよ」 「かえらない! かわいい女の子はどうしたんだ!」 「可愛いくなくてすみませんね…ほら、しっかり歩いて」 「ち〜がう! 帰り一緒だっただろう? 土師と……」 「……ああ、あれ妹ですよ」 「そう…なの? 今度…しょうかいして〜〜」 「嫌ですよ…大事な妹なんてすから」 「なんだよ…ケチ! ケチ…いま…さらなんだよ会いたいって…勝手…過ぎんだろう」 「中條…先輩?」  俺は、込み上げてくる感情を抑えられなかった。土師の胸にしがみ付き、目からこぼれ落ちていく涙を止められず、俺は目を瞑った。  土師は、大通りでタクシーを止め俺と一緒に乗った。その間、土師は無言のままずっと俺をあやすように背中を摩っていた。

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