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運命なのかは後にして㊷
それから母は少しずつ話し始めた。俺は、ただ母の話しを黙って聞いた。
「志之さんとは私が押し切った感じで結婚したの…あの人は忘れられない人がいるみたいだったけど…拓巳が産まれても…志之さんは変わらなかった……私じゃ無理だった」
母は、志之を本当に愛してたんだ……
「貴方を手放したくなかったのは彼を愛してたから…それなのに貴方の最後の呼び掛けに私は、気付いてあげられなかった……」
____ え?
「私の酷い言葉にショックを受けて貴方は言葉を失ったの…どうすることも出来なくて、志之さんを頼った…もう、二度と拓巳とは会わないと約束して……」
俺が言葉を? ああ…だから真樹之は、俺に言えと言ったのか……
「今更…なのは分かってる…許されようとか思ってない。ごめんなさい」母は、立ち上がり両手で俺の両手を強く握った。
「幸せになってね拓巳」母は、俺の手を放すと無理笑顔にして立ち去ろうとした。
「……かあさん」俺は、振り返った母に今は幸せかと聞いた。
「幸せよ…お元気で」母は、それっきり一度も振り返ることはなかった。
俺は、アナウンスで最寄りの駅に着いたことに気付き慌てて電車を降りた。ビニール傘を何処かに忘れてしまい、近くのコンビニに寄るのも面倒で、そのまま自宅まで歩いた。
自宅の玄関を開け、バスルームへ向かいずぶ濡れの服を脱いだ。少し熱めの湯を頭から被り、気が緩んだ俺は壁に凭れ暫く目を閉じた。
それから俺は、何度か志乃の見舞いへ行った。初めて行った日以来、志之と会話することはなかった。
弱っていく兄をただ見ているだけだ……
由樹之さんが辛そうに言っていたのを思い出した。その気持ちがよく分かった。
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