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体育祭編『第29話』
「あ、そうだ! 明日からはちゃんと弁当作ってやるからな。それ持って学校に行けよ?」
「えっ?」
急にそんなことを言われたので、一瞬きょとんとなってしまった。
「いや、いいですよ。いきなり弁当なんか持って行ったら、クラスメートに怪しまれるだろうし……」
夏樹は普段、昼食は購買でパンを買うか食堂で日替わりランチを頼むかのどちらかだ。弁当を持って来る友人もいるけれど、夏樹は料理が苦手なので一度も持って行ったことがない。いきなりすごい弁当を持って行ったら、「一体どういう風の吹き回しか」といろいろ詮索されるだろう。
正直、市川が自宅にいることは学校の人にはバレたくない。
だから断ったのだが、そんなことで引き下がる市川ではなかった。
「じゃ、夏樹も一緒に弁当作ろう! うちで働くつもりなら、遅かれ早かれ料理の修行はしとかないとマズいし。俺が側にいる間に、料理の練習しようぜ!」
「うーん……でも俺、本当に何にも作れないですよ?」
「大丈夫だって、俺が手取り足取り教えてやるからさ。まずは弁当の定番の卵焼きから練習しよう、な?」
「…………」
卵焼き専用のフライパンすら持っていないんだけど……と言いかけたが、きっと何と言っても無駄だろう。この変態教師は、一度決めたことは、夏樹がどう反論しようと最後までやり通してしまう男だ。
やれやれと内心で呟きながら、夏樹は溜息混じりに答えた。
「台所で『料理の補習授業』とかしないって約束するなら、いいですよ」
「おう、大丈夫大丈夫! 台所は火や包丁があって危ないからな。料理の補習授業するなら、場所変えてベッドでやるさ!」
「そういう問題じゃないぃぃ!」
思わず手元のスプーンを市川に投げつける。それは勢いよく市川の額にヒットして、市川を悶えさせた。
(ホントにもう……!)
夏樹はかまわずサンドイッチに齧りついた。相変わらずの美味しさがちょっと悔しかった。
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