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体育祭編『第34話』

「意外と弱気だね、なっちゃん」  と、翔太が口を開いた。 「そんな、三十歳なんてまだ十年以上も先の話じゃない。そんだけあれば、どうにでもなるでしょ。そこまで深刻に考えることないって」 「……先生にも似たようなこと言われたけど、やっぱり不安になるんだよ。俺より可愛くて料理もできて、身体の相性もバッチリな人なんていくらでもいるだろうし」 「そりゃあいるだろうけど、だからって別れたくはないんでしょ? だったら少しずつでも努力し続ければいいんだよ。市川先生のことだから急かしたりはしないだろうし……ゆっくりなっちゃんの成長を待ってくれるって」 「……そうかな」 「そうだよ。だからなっちゃん、これからもお弁当作り頑張って! いつかふわふわの卵焼きを作れるように!」 「あっ、ちょっと!」  翔太が夏樹の弁当箱に箸を伸ばし、卵焼きをひとつ持って行く。それを口に放り込んで味わいながら、彼は言った。 「うん……確かに見た目はイマイチだけど、味は抜群だね。このほんのり甘味のある卵がなんとも……」 「勝手に食べるなよ……まったく」  仕方なく夏樹は、味のしみ込んだ唐揚げを箸で摘まんだ。卵焼きが作れるようになったら次は唐揚げかな……と考えながら。 ***  そして翌日。いよいよ体育祭が行われる日になった。 (今日という今日は卵焼き成功させるぞ!)  気合いを入れて早起きし、一生懸命お弁当作りに励む。市川のアドバイス通り、他のことをやろうとせず、卵焼きだけに集中してみた。 「よしっ!」  ベストなタイミングで卵を巻き、なるべく手際よくフライパンを下ろす。見た目は黄色い綺麗な卵焼きに仕上がった。さて、中身はどうなっているだろうか。  恐る恐る真ん中に包丁を入れてみたら、中心からとろり……と半熟の卵が流れてきた。 (……って、これじゃオムレツじゃないか!)  卵焼きじゃなければ美味しそうなのに、卵焼きとして出したら単なる生焼けの卵である。

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