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体育祭編『第35話』
「あああ、もうっ!」
上手くいったと思ったのに、今日も失敗してしまった。体育祭が終わったら市川も実家に帰ってしまうから、それまでにはなんとか成功させたかったのに……。
キッチンで後片付けをしながら悔しがっていると、
「夏樹、今日の卵焼きは上手くできたな! やっぱり夏樹はやればできる子だ」
「……はあ? 何言ってるんですか。中とか思いっきり生焼けだし」
「いいんだよ、それで。中が生焼けでも、周りの熱でいい感じに焼けてくる。今味見してみたけど、すごく美味かったぞ」
「えっ? ホントに?」
「ああ。嘘だと思うなら一切れ食べてみろよ」
包丁で切り分けた、卵焼きの一切れ。それをそっと口に入れてみた。
すると卵の風味とほのかな甘みが口いっぱいに広がり、少し噛んだ途端とろりと溶けてなくなってしまった。自分で言うのもなんだけど、すごく美味しかった。
これなら、どこかのお店で出されても違和感ない。
「な? 上手にできただろ? お弁当用の卵焼きだとちょっと柔らかいなって気もするけど、家で普通に出すんだったら最高に美味しいよ。よくできました。偉い偉い」
市川にぐしゃぐしゃと髪を撫でられる。
いつもは鬱陶しくて嫌いな褒められ方も、今は素直に嬉しかった。
「卵焼きができたら、次は唐揚げかな~。でもいきなり揚げ物は難しいかもしれないから、他のものでもいいぞ? 夏樹、味噌汁とかお吸い物、作れたっけ?」
「……まあ、なんとなくですけど」
そう答えたものの、ぶっちゃけあまり自信がない……。
「そうか。お吸い物は実家でもよく出すから、今のうちに得意になっておいた方がいいぞ。あまりに下手くそだと、美和さんにいびられるからな」
「美和さんって……確か祐介さんのお母さんでしたっけ?」
「そう、俺を目の敵にしてる人。彼女にいびられて辞めちゃったお手伝いさん、いっぱいいるからさ。いびるのは俺だけにしてくれればいいんだけど、あれは人間性の問題だから、今更どうにもならないんだよなぁ……」
「…………」
ここでまた、市川の実家の闇を垣間見たような気がした。
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