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体育祭編『第39話』

 驚いて後ろを振り返ったら、まさかの張本人がそこに立っていた。 「ベタ褒めじゃん、夏樹。いや~、嬉しいな~」 「い、市川先生!?」  どうして……という言葉は喉に引っ掛かってついに出て来なかった。恥ずかしさとバツの悪さが同時に襲ってきて、頭が真っ白になってしまう。  一体いつから後ろにいたんだろう。全然気づかなかった。というか、肝心な時は助けに来てくれるのが遅いくせに、なんで今日に限って現れるんだ。  さっき河口に怒鳴った台詞、全部なかったことにしたい……! 「久しぶりだな、河口」  そんな夏樹の心情を知ってか知らずか、市川は河口に目を向けた。 「今日は何しに来たんだ? また夏樹に手を出そうとしてたんなら、容赦しないぜ?」 「……だから何もしねぇって言ってるでしょ。今日は必要な書類を取りに来ただけッスよ。体育祭みたいなイベントの日の方が、教科の先生方は時間ができて、すぐ対応してくれるんス。体育教師とは違ってね」 「へえ、そうなのか。まあ、変なことするつもりじゃないならいいけどな」 「オレだってそこまで命知らずじゃねぇッスよ。先生に殴られたら、無事じゃ済まないことくらいわかってますし」 「そうか、それは賢明だ。じゃあ今後は殴られるようなことをしないよう注意しろよ?」  軽い口調で言っているが、市川の鋭い目線は河口に注がれたままだった。  ふと、穏やかなライオンみたいだ……と思った。今は何もしないでいるが、その気になればいつでも相手に襲い掛かれる……。  その雰囲気に耐えられなかったのか、河口がひょいと肩をすくめた。 「じゃ、オレはもう帰ります。さっきも言ったように、今日は必要な書類を取りに来ただけなんで。これ以上用はねぇし、失礼しますよ」  あっさりと背を向けて立ち去る河口。  不快な材料が目の前から消えて、とりあえず夏樹はホッと息を吐いた。

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