242 / 282
初めてのお稽古編『第1話』
――笹野夏樹 、高校三年生の夏。
蝉の鳴き声が聞こえる。
外はうだるような暑さで、気温はおそらく三十五度を超えているだろう。
四畳半の畳の部屋はエアコンが効いて涼しいはずだが、先程から変な脂汗が止まらない。ふくらはぎから下の感覚がなくなり、痛いのか重いのか痺れているのかすらわからなくなってきた。
この正座状態のまま耐えるのも、そろそろ限界が来ている。
「……夏樹? おい、夏樹」
「えっ!? は、はい!」
「どうしたんだ、ボーッとして? ほら、お茶飲んでいいぞ」
「は、はあ……」
市川の近くに置かれているお茶碗。四畳半の部屋の場合は、自分でにじって取りに行かなければならない。
仕方なく夏樹は腰を浮かせ、両手を両膝の横について移動しようとした。
ところが……。
「ぎゃあ!」
バランスを崩し、前のめりに転倒してしまった。なんとか立ち上がろうとしたが、どんなに力を入れても足首が曲がらず、起き上がることができない。
「せ、先生……助けて……」
「ハハハ、これまた派手に転んだなあ」
涼しい顔でサッと立ち上がり、こちらに寄ってくる変態教師・市川慶喜 。
彼に抱き起こされながら、夏樹は思い通りにならない身体を恨めしく思った。
***
夏休みに入ってすぐのこと。
「夏樹! 京都行こうぜ~!」
唐突に訪問してきた市川に、これまた唐突にそんなことを言われた。
ちなみに、彼が夏樹の家に予告なしで突撃してきたのは「休みに入ったのに、全然遊んでくれないからさ~」という呆れた理由だった。
「京都? 何しに行くんですか?」
「そりゃあイチャイチャしに行くに決まってるじゃないか。あ、もちろん観光してもいいけど」
「結構です。俺、受験生ですよ? 遊びに行ってる場合じゃありません」
「大丈夫だって、向こうでも勉強はできるから。それに夏樹、この間の模試で第一志望A判定だって言ってたよな?」
「だからって、勉強サボってたら不合格になっちゃうでしょ。先生は、俺が浪人生になってもいいんですか?」
「全然かまわないぞー。俺は夏樹が高卒でもプー太郎でも、一生面倒見ていく自信がある!」
ともだちにシェアしよう!