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初めてのお稽古編『第5話』

「俺にも夏樹くらいの頭脳があればさー、焼き物の名前とか、すぐに覚えられるのにさー」  と、独り言のようにぼやき始める市川。  夏樹はつけ麺をすすりながら、内心で不安を覚えていた。 (俺、今からお茶始めてついて行けるのかな……)  聞けば聞くほど、奥の深い世界だ。実際にやり始めたら一生勉強になるのだろう。そんな、軽い興味本位でお稽古を始めたら申し訳ないような気がする。しかも、仮にも次期家元直々に稽古してもらうだなんて……。 「……先生。俺、迷惑じゃないですか?」  簡潔にそれだけ聞いたら、市川はさも不思議そうに首をひねった。 「何が迷惑なんだ? 俺、夏樹に稽古つけるのめっちゃ楽しみなんだけど」 「でも俺、どこまで続けられるかわかりませんよ? あまりに難しくて嫌になっちゃったら、用意してもらった道具が無駄になっちゃうかも……」 「そんなん気にしなくていいんだよ。やめたくなったら好きな時にやめればいいし、またやりたくなったら再開すればいい。あくまで趣味として勉強するんだから、もっと気楽にやっていこうぜ」 「だけど……」 「それにこれは俺個人の話だけど、稽古つける側もいい勉強になるんだよ。人に教えるためには自分もそれ以上に勉強しなきゃいけないだろ? 夏樹が弟子になってくれれば、そのために俺も勉強できる。夏樹はお茶のスキルが身につくし、俺は教養が深くなるし、お互いウィンウィンじゃないか?」 「はあ……まあ、そうですね……」 「というわけで、夏樹は細かいこと気にする必要なし! やりたい時に稽古に参加してくれ。……それにしてもこのラーメン、マジで美味いな! 夏樹も一口食べてみる?」 「いえ、結構です。俺はこっちで十分なので」  夏樹は市川を無視し、残りのつけ麺をすすった。 (……そうだよな。いくらお茶って言っても、俺にとっては趣味なんだし)  大変そうではあるけれど、そう思えば気楽に続けられそうな気がする。  始める前からあまり難しく考えないようにしよう……と、箸でつるつるの煮卵を摘まんだ。今度は上手く掴むことができた。

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