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初めてのお稽古編『第6話』

 腹ごしらえをした後、夏樹は再び市川の車に乗り込んだ。いつもより早起きしたせいか、気付いたら助手席で思いっきり爆睡してしまっていた。 「ほら夏樹、着いたぞ」  市川に揺り起こされ、ハッと目を覚ます。車は古風な日本家屋の前に停まっていた。市川の実家である家元のお屋敷だ。 「俺、これから家元に挨拶してくるよ。すぐ戻ってくるから、夏樹は車で待っててくれ」 「挨拶って何の挨拶ですか?」 「『弟子をとります』って挨拶だよ。一応、しておかないとマズいんだ」 「あ、それだったら俺も行きます。一度御家元に挨拶したいと思ってたので」 「いや、それはさ……」 「さ、行きましょう」  夏樹はサッと車を降り、貴重品だけ持って屋敷の門をくぐった。何故か市川が微妙な顔をしていたが、無視して敷地内に踏み込んだ。 (挨拶くらい、自分でしておかないと失礼じゃないか)  この先何かとお世話になるかもしれないのだから、顔くらい見せておいた方がいい。市川の父親がどんな人なのか、興味もあるし。  夏樹は正面から堂々と屋敷の扉を開け、玄関口で「ごめんくださーい!」と挨拶した。 「はいはい、どちら様?」  スリッパの音を立てながら、中年の女性が近づいてきた。小綺麗な和服姿で、長い髪をアップにしている。化粧やアンチエイジングにこだわっているのか、随分と若々しく見えた。「おばさん」と呼んだらぶっ飛ばされそうだ。  お手伝いさんかな、と思っていると、彼女がにこやかに話しかけてきた。 「あら、あなた見ない顔ね。祐介の新しいお弟子さんかしら」 「え? あ、いえ、俺は……」  その時、市川も玄関に入ってきた。  玄関口に立っている女性を見て、やや恐縮しつつ挨拶する。 「ああ、どうも美和(みわ)さん。ただいま戻りました」 「……あら」  その瞬間、にこやかだった女性の顔が一気に険しくなった。シワを隠していた目元にピシッとヒビが入り、雰囲気も殺伐とし始める。 (うわ……これが噂の美和さんか……)

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