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初めてのお稽古編『第7話』

 市川の腹違いの弟・祐介(ゆうすけ)の実母。御家元の正妻である女性だ。夏樹も少しだけ話を聞いたことがある。  なんでも美和は継子の市川を目の敵にしているらしく、顔を合わせれば何かと嫌がらせをしてくるそうだ。  だから市川は次期家元にもかかわらずあまり実家によりつかず、必要最低限のイベント事にしか顔を出さないのだという。  実際にこの目で見るまでは半信半疑だったけれど、この態度からして美和が市川を毛嫌いしていることは明らかだった。  これは厄介なところに出くわしてしまったぞ……。 「もう帰ってきたの? しばらく帰って来ないと思ってたのに」 「家元に挨拶したら、またすぐ出て行きますよ」 「あら、そう。でも家元は今留守なの。あなたと違って忙しいから」 「そうですか。まあ急ぎの用じゃないんで、また明日出直すことにします。……夏樹、行こうぜ」 「え? は、はい……」  市川が(きびす)を返したので、夏樹もその後に続こうとした。  その時、廊下の奥から杖のつく音が聞こえてきた。 「あ、健介。帰ってきたのかい?」  市川の弟・祐介だ。家元の嫡出子だ。  もともとは彼が次期家元だったのだが、脚を悪くして次期家元の座を市川に譲ったらしい。市川と美和との確執は、主にそこが原因みたいだ(ちなみに、市川の本名は『真田健介(さなだけんすけ)』である。家元を継ぐことが決まった時に、正式に改名したとか)。 「夏樹くんも久しぶりだね。外は暑いだろう? 早く上がって涼むといいよ」  祐介がにこやかに微笑みかけてくる。そのせいか、美和の敵意も一時的に引っ込んだようだった。  ちょっと安心して、夏樹もにこやかに挨拶を返す。 「お久しぶりです、祐介さん。突然お邪魔しちゃってすみません」 「いやいや、とんでもない。遊びに来てくれて嬉しいよ。玄関での立ち話もなんだし、どうぞ上がって」 「いや、俺たちは家元に挨拶しに来ただけだからさ……」  と市川が断ろうとしたのだが、祐介は「はて?」と首をかしげた。

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