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初めてのお稽古編『第8話』

「どこかに出掛ける用事があるの? 急ぎじゃないなら夕方また出掛けたら? ここのところ猛暑続きだから、昼間の外出は自殺行為だよ」 「まあそうなんだけどさー……」 「さ、夏樹くんもどうぞ。美味しい梅ジュースがあるんだ。是非飲んでいって欲しいな」 「はい、ありがとうございます。お邪魔します」  祐介に誘われて、夏樹はさっさと屋敷に上がり込んだ。市川はなおも複雑な顔をしていたが、仕方なく靴を脱いで後ろに続いてきた。  通されたのは応接室のような場所だった。かなりかしこまった雰囲気で、入った瞬間ピシッと背筋が伸びる気がする。 「ごめんね。もっとフランクな部屋に通したかったんだけど。他の部屋は今弟子たちが自主稽古中で」  と、祐介が杖を置いてソファーに座り込む。 「空いている部屋がここくらいしか思いつかなかったんだ。でも、(くつろ)いでくれていいからね」 「そう気ィ遣わなくて大丈夫だよ。休むなら普通に俺の部屋行くし」 「それでもいいけど、健介の部屋は摩訶不思議なグッズがいっぱいあるからなあ。夏樹くん、ドン引きしちゃうんじゃない?」 「大丈夫だって。秘密のボックスに全部しまってあるから」  そういう問題じゃないでしょ……と思ったが、さすがに実家では妙なアダルトグッズを堂々と置いておけないようだ。親に隠れてエロ本を読んでいる中学生みたいで、ちょっと笑える。 「祐介さん、飲み物をお持ちしました」  応接室の外から声をかけられ、代わりに市川がサッとドアを開けた。家人と思しき女性がお盆に載ったグラスを人数分持って来てくれた。祐介が言っていた梅ジュースだろうか。 「おう、サンキュー。ご苦労さん」  市川がお盆ごと受け取り、テーブルの上に置いてくれる。

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