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初めてのお稽古編『第14話』

「今回はこの棚で稽古するけど、使う道具や棚は毎月違うからな。いきなり全部覚えるのは大変だから、少しずつでいいぞ」 「はい、頑張ります」 「よし。じゃあ稽古始める前に、炭の様子を確認するからな。近くで見とけよ?」  市川が道具箱らしき木製の手桶を取り出す。その中には金属製の箸の他に、大小様々な黒炭が入っていた。  釜の前に座り、金色のリングを釜の耳に引っかけて炭から下ろす。そして、釜の下に組んであった炭を箸でつついた。  夏樹は近くに寄って、手元を覗き込んだ。 「これは何をしてるんですか?」 「(じょう)を落としてるんだよ。尉ってのは要するに灰のことだけど」  見れば、黒い炭の上に細かい白い灰がこびりついている。言ってしまえばただの燃えカスだが、炭の奥で燃えている赤い火と合わせると、意外と綺麗だった。  市川は箸で器用に尉を落としながら、言った。 「これを落とさないと火が回らなくなるから、稽古前にはこうやって落としておくんだ。んで、必要なら新しい炭をつぎ足すと」 「へえぇ……」 「んー……やっぱりもう一本炭足すべきか? 薄茶一席分だったら大丈夫な気もするけど、せっかく稽古するのにぬるいお湯でやるのもなんだしなぁ……」  ブツブツ言いながら、市川は木箱の中から炭をひとつ取り出した。五、六センチくらいの小さな丸い炭だ。 「これは点炭(てんずみ)って言うんだ。炭にもそれぞれ種類があるから、これもおいおい教えてやるからな」 「は、はい……」  市川は点炭とかいう炭を風炉(ふろ)の中にセットし、釜を戻して座り具合を確かめていた。 (覚えることはたくさんありそうだなぁ……)  勉強は得意だけど、初めて見聞きすることばかりだからか、やたらと難しく感じる。  これはホントに頑張らないと……と、夏樹は改めて気合いを入れた。 「じゃあ夏樹、そろそろ稽古始めるか。とりあえず今は薄茶を飲むところまででいいな?」 「はい。よろしくお願いします」  三つ指をついて、ぺこりと頭を下げる。  市川がようやく弟子をとる気になったのだ。一番弟子として、恥ずかしくない振る舞いをしなくちゃ。  そんなわけで、夏樹にとっての「初めてのお稽古」が始まったのだった……。

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