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初めてのお稽古編『第16話』

「じ、自分で脱げるから大丈夫です! 先生は道具の片付けでもしててください!」 「遠慮するなって。夏樹、全身痺れて動けないんだろ? ちゃんと俺が脱がせてやるからさ」 「全身は痺れてませんよっ! こんなところで変なことしないでください!」  必死に抵抗したものの、着物が身体に纏わりついて上手く動けない。あれよあれよと畳に押し倒され、両手首を押さえつけられて、上から覗き込まれる羽目になった。 「……ホントはさ、夏樹を屋敷には入れたくなかったんだ。万が一美和さんに見つかったら目をつけられるかもしれないし、祐介も世間話をしたがるだろうからなるべく早く立ち去った方がいいと思って」 「それは……」 「なのに夏樹、さっさと屋敷に突撃しちゃうんだもん。参っちゃったよ」 「す、すみません……」  だからお屋敷に踏み込んだ時、微妙な顔をしていたのか。今更ながら理解できた。  市川は苦笑いを浮かべて、言った。 「まあ、過ぎたことはもうしょうがないけどな。今後は美和さんにあまり関わらないよう、気をつけろよ?」 「はい……」 「ところで夏樹、今の稽古はどうだった?」 「え? どうって……」 「今回はお客さんとしてずっと座ってただけだけど、早く点前してみたいと思わなかったか? 俺みたいに華麗な点前ができるようになりたいとか」 「……『華麗に』は余計ですけど、点前はしてみたいと思いました」 「だよなー! そう思ってくれたなら嬉しいぜ。ま、最初は割り稽古からスタートだろうけど」  割り稽古とは、点前の一部を切り取ってそこだけ集中的に練習するお稽古のことである(例えば、袱紗(ふくさ)(さば)き方だけを練習するとか、柄杓の置き方だけを勉強するとか)。  本当の初心者はいきなり通しで稽古してもついていけないため、大抵は部分的なところから始めるのだ。  もっとも今回はお客さんとしての作法を学ぶお稽古だったため、最初からフルコースを見せられることになったわけだが。

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