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初めてのお稽古編『第28話』

 だが祐介は持っていた杖で軽く床を叩き、男たちにたたみかけた。 「全部白状しなさい。でないと僕は、家の人全員を疑わなければいけなくなる。きみ達にそんなくだらない指示をした人は誰だ?」 「祐介、それ以上聞かなくていい。だいたい犯人の目星はついてるだろ」 「……健介」  様子を窺うように、男たちを見下ろしている祐介。その表情から何かを察したのか、やがて深々と溜息をつくと、小さく言った。 「……そのようだね。本当に申し訳ない。母に代わって謝罪するよ」 「いえ! 祐介さんは何も悪くありませんから! そんな謝らないでください!」 「……いいんだ。代わりに頭を下げることも僕の役目だ」 「祐介さん……」 「それにしても、きみ達もなんで何も言ってくれなかったの? 母にこれこれこういうことを言われた、ってあらかじめ相談してくれれば、何かしらの対応策を考えたのに」 「すみません……。若旦那のお手を煩わせてはいけないと思いまして」  美和のムチャ振りに唯々諾々と従ってしまった男たちだが、彼らも本当は悪い人たちではないのだろう。それは今までの言動からして明らかだ。 (……面倒なのは美和さんだけってことか……)  諸悪の根源はわかっている。けれど、こればかりはどうすることもできない。実子の祐介ですら手を焼いているのだ。トラブルが起こりそうな時は上手くやりすごすしかない。  すると市川は重い息を吐いて、すっ……と立ち上がった。 「ああ胸糞悪い。祐介、俺はもう帰るわ。しばらく屋敷には顔出さないから、よろしくな」 「……そうだね。ごめん、健介」 「謝るくらいなら、あの母親をなんとかしてくれよ」 「それは……」 「夏樹、行くぞ」 「……え? あ、はい……」  取り付く島もなく、市川が倉庫を出て行く。仕方なく夏樹もその後に続いた。  お互い無言で車に乗り込み、屋敷を後にする。市川の運転がいつもより荒っぽかった。明らかに怒っていた。 (先生……)  これから弟子としてバリバリお稽古をつけてもらうつもりだった。市川と一緒にお茶の勉強をしていくつもりだった。  でも、このままギスギスした関係が続くなら、いっそのこと……。  夏樹の中で、初心の決意が揺らぎつつあった。

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