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初めてのお稽古編『第29話』
十分ほど経過して、車は小綺麗なマンションの前で停まった。
「夏樹、着いたぞ」
「は、はい……」
言われるまま、車から降りる。そして目の前のマンションを見上げた。
外装からして明らかに一人暮らし用ではない。どちらかというとファミリー向けの高級マンションのように見えた。こんなところを別邸として借りているんだろうか。随分贅沢なことをするものだ。
半分呆れている夏樹を他所に、市川はずんずんとマンションの中に入っていく。そして五階にある角部屋の鍵を開けた。
部屋の中はほぼ予想通りの広さだった。2LDKの間取りで、大人二人どころか子持ちでも余裕で生活できそうだった。やはりファミリー向けのマンションであるらしい。
(確かに贅沢だけど、これなら俺一人くらい余裕で泊まれるな……)
美和に目をつけられている状態で、屋敷に留まるのはさすがに気まずい。とりあえず今はこれといった被害が出なかっただけでもよしとしよう……。
「夏樹」
リビングの柔らかなソファーに座らされ、市川に肩を掴まれ詰め寄られる。
「大丈夫だったか? 本当にどこも怪我してないか? 本当に変なことされてないか?」
「あ、はい……大丈夫です。あの人たちも捕まえたはいいけど、どうしようか困ってたみたいで……美和さんに見せる証拠写真だけ何枚か撮られましたけど、それだけです」
「証拠写真ってなんだ? 変な写真撮られたんじゃないだろうな?」
「違いますよ。目隠しされて押さえつけられてるところを普通に撮られただけです。変なことは何もされてないんで、安心してください」
「……そうか。なら一応はよかったのか……」
言いつつ、苦々しい表情になる市川。
「にしても……ホントにクソだな、あの女。俺だけに嫌がらせするならともかく、夏樹にまでそんなことするなんて。マジで一回立ち直れないくらいボコボコにしてやろうか」
「……それはもっと面倒なことになりそうなのでやめてください。というか、俺が弟子入りしなければいいだけの話でしょう」
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