271 / 282

初めてのお稽古編『第30話』

「いや、そんなことない! 夏樹は俺の弟子だ! 美和さんのことなんて気にする必要ないからな!」 「でも、これからもずっとこんなことが続くのはさすがに嫌ですよ……」 「大丈夫だ! もう二度とこんなこと起こさせない! 屋敷には近づかせないし、美和さんにも会わせない! 夏樹は堂々と稽古に専念していいんだから、な?」 「先生……」 「一度美和さんとはきちんと話をつけなきゃと思ってたんだ。今までは俺一人だったから我慢してたけど、夏樹にまで手を出したとなっちゃもう黙ってられん。明日にでも落とし前をつけさせてやる!」  ちょっとヤクザっぽい発言まで飛び出してきたが、そんな市川が今は頼もしく思えた。 (そうだな……困った時はいつも先生が守ってくれるし)  だから、これからも先生を信じてついて行こう。自分にできることはただそれだけだ。  夏樹は軽く笑って話題を変えた。 「ところで、先生が用意してくれたお稽古の道具ってどれですか? ちょっと見てみたいんですけど」 「あ、それはな……」  その時、スマホが震える音がした。市川のスマホだ。 「お? 誰だ?」  市川はソファーから立ち上がり、電話をしながらベランダに出た。  そしてそのまま二、三分喋った後、リビングに戻ってきた。やや神妙な面持ちをしていた。 「誰からだったんですか?」 「……祐介からだった。あの後、美和さんに直接問い詰めに行ったらしい」 「え……それで、どうなったんですか?」 「それが……美和さんは『私はそんな指示してない』ってとぼけたそうだ。『全部家人が勝手にやったことで私は何も知りません』って言ったんだってよ。典型的な責任逃れだな」 「……そう、ですか」  母親が自分の悪業を認めなかった。祐介にとっては、そちらの方がショックだっただろう。素直に認めて謝ってくれた方が、ずっと救いがあっただろうに。

ともだちにシェアしよう!