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跳び箱編『第7話』

 そして放課後。夏樹はジャージに着替えて体育館に向かった。 「お! ちゃんと来たな。偉い偉い」  体育館のど真ん中に置かれている七段の跳び箱。その前で市川は待っていた。授業中に持っていたチェックボードは手にしておらず、代わりに足下に様々な道具が入ったカゴが用意されている。  何を用意してきたのか知らないが、道具を使ったところですぐさま七段を攻略できるわけではないと思う。全く、アホらしい。  半ばふてくされた顔で市川を見上げたら、彼は跳び箱を示しながら言った。 「じゃあ、ひとまずこれを跳んでみてくれ」 「……は?」 「『は?』じゃないよ。跳んでくれないと今のレベルがわからないだろ? でないと、どこが苦手なのかもわからない」 「…………」 「ほら、ふてくされてないでやってみろって。大丈夫、跳べなくても笑わないからさ」 「……。……わかりましたよ」  小さく溜息をつきつつ、踏み切り台から距離を取る。遠くから見ればたいしたことない高さなのだが、夏樹の目には大きくそびえ立つ富士山のように見えた。  ピッ、というホイッスルと共に、軽く助走して跳び箱に向かった。踏み切り台でジャンプし、跳び箱の真ん中に手をつく。  だが、そこまでだった。  やはり七段の壁は超えられず、跳び箱の途中で尻がついて、間抜けにも跨がる格好になってしまった。 「なるほど、そのレベルね」  ちょっと苦笑している市川。  明らかに馬鹿にされている気がして、夏樹はジロリと彼を睨んだ。 「そういうところが嫌いなんですよ。運動苦手な人を馬鹿にするような態度が」 「いや、馬鹿にしてるつもりはないけどな。でも、できないことをできないまま放置していいわけじゃないぞ」 「うるさいですよ。先生だって学生時代は勉強苦手だったんでしょ。それと同じです」 「まあ、確かに得意ではなかったな。でも、苦手だからって『赤点でもいいや~』って開き直ったりはしなかったよ。テスト前にはそれなりに勉強したもんだ」 「…………」 「平均レベルだったら、コツさえ掴めば誰でも到達できるようになるんだよ。運動も同じさ。跳び箱七段くらいなら練習さえすれば誰でも飛べるようになる」 「……そうですかね」 「そうだって。まずはその苦手意識からなくしてみるか。身体も硬いから、少し柔軟体操しよう」  仕方なく夏樹は跳び箱から降り、体育館の床に座り込んだ。 (悔しいけど、先生の言うことも一理あるしな……)  自分だって、苦手なものをいつまでも苦手なまま放置していいとは思っていない。克服できるものなら克服しておきたかった。このままずっと体育の授業が苦痛なのも、精神衛生上よくないし。

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