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夏休み編『第18話』

 だが夏樹はさっきの疑問がどうしても払拭できず、伶花の姿が見えなくなったところで乱暴に手を振り解いた。 「? どうした、夏樹?」 「……さっきの、なんですか?」 「え? ああ、伶花のことか? あれは俺の同級生の元カノで……」 「そっちじゃない。……い、いや、そっちも気になりますけど。そうじゃなくて、『健介』って呼ばれてたことですよ。あれ、一体どういうことですか。あなた、『市川慶喜』じゃないんですか」  やや喧嘩腰に訪ねたら、市川は「ああ、それか……」と頭を掻いた。少し困ったような顔をしていた。 「お前にはまだ言ってなかったっけ……。『市川慶喜』は俺の旧名だよ」 「はっ?」 「俺、数年前に改名させられたんだ。だから戸籍上の名前は『真田健介』だけど、昔から使ってる名前は『市川慶喜』なんだ。別にどっちも間違いじゃないから、どっちで呼んでくれてもかまわないぞ」 「はあ……?」  何を言っているんだか、意味がわからない。 「最初から丁寧に説明してくれませんか」 「いや、それは話すと長くなるから……。まあ、俺にもいろいろあるんだよ。でも夏樹には関係ないし、気にすることないって」 「……!」  関係ないってなんだよ。その言い草が無性に腹立たしかった。  恋人としてさんざん可愛がってきたくせに――あんな姿やこんな姿、普通なら見せるはずのない痴態をたくさん共有してきたというのに――そういう身の上話は何もしてくれない。  こっちは市川のことをなるべく理解したいと思っているのに、なんで何も教えてくれないのか。そんなに俺のことが信用できないのか。  どうにも我慢できなくなり、夏樹は拳を握り締めた。

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