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夏休み編『第19話』

「……そういうところがムカつくんですよ」 「え?」 「何なんですか。俺のこと馬鹿にしてるんですか? それとも、俺が十歳も年下だから、子供だと思ってるんですか?」 「いや、そういうことじゃ……」 「そういうことでしょ! いつも『可愛い』とか『愛してる』とか囁いてくるくせに、自分のことは全然話してくれないじゃないですか! それで対等な恋人でいられると思ってるんですか? 俺はあなたに可愛がられるだけのペットじゃないんですよ!」 「ペットだなんて思ってないって。でもほら、誰にだって言いにくいことのひとつやふたつ、あるじゃん?」  開き直りに近いような発言に、ついに鬱屈した怒りが爆発してしまった。 「ああ、そうですか! ならもういいです! 先生なんか知りませんっ!」 「あ、おい夏樹!」  市川が止めるのも聞かず、夏樹は人混みの中を駆け出していた。走って、走って、走って、市川の手の届かないところに行きたかった。とにかく彼から離れたかった。 「はあ……はあ……」  走れるところまで走ったら、人気の少ない神社の裏通りに着いた。神社を挟んで反対側は祭りの屋台等で賑わっているが、こちら側は比較的静かなものだ。  夏樹は空いている石段に腰掛け、履いていた下駄を脱いだ。慣れない下駄で走ったため、靴擦れができてしまっていた。鼻緒の部分が足の指に擦れて痛い。 「……はあ……」  深々と溜息をつき、地面を這っている蟻を見つめた。ウロウロと落ち着きなく動き回り、どこに行こうとしているのかわからない。 (……俺、一体何やってるんだろ……)  せっかくのデートだったのに喧嘩してしまった。いや、喧嘩というより夏樹が一方的にキレたという方が正しいか。何もあそこまで怒ることなかったのに。  これからどうしよう……ともうひとつ溜息をついたところで、横から誰かに声をかけられた。

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