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夏休み編『第22話』
夏樹が余程ヘンな顔をしていたのだろう。伶花が小さく噴き出した。
「その様子だと、学校の生徒さんみたいね」
「えっ? あ、はい……」
「確か体育教師だったかしら。学校でも人気なんじゃない?」
「……ええ、そうですね」
変態には違いないが、そこに目を瞑ればいい先生だと思う。授業が楽しいのはもちろん、体育教師にありがちな熱血指導をしないのも人気教師の所以だ。
「今の子に『頑張れ』とか『気合いだ』とか言っても通用しないからな~。一昔前ならOKだったかもしれないけど、今はそれじゃダメだ」
……と、市川が言っていたのを思い出す。
「でも……それならなんで『市川慶喜』って名乗ってるんですか? 本名は『真田健介』なんですよね?」
「さあ……? 旧名の方が思い入れがあるんじゃない?」
「思い入れって……」
「詳しいことは私も知らないわ。ただ、健介は『真田家』に関することはあまり話したがらなかった。お坊ちゃまもいろいろ複雑みたいよ」
「…………」
知りたいと思った。ただペットのように可愛がられるんじゃなく、対等なパートナーのように扱われたかった。だからなんでも話して欲しかった。
でも……今はその時じゃないのかもしれない。
(悔しいけど、俺……まだまだ子供だしな)
思い返せば、市川と付き合い始めてから夏樹は、年上の彼に甘えてばかりだった。身体を柔らかくしたりケーキを焼こうとしたり、自分なりに努力はしてきたつもりだけど、それでどのくらい彼に愛情を返せているのかは甚だ疑問だ。
夏樹がもっと大人にならなければ、対等なパートナーにはなれないのかもしれない……。
その時だった。
「よう、ねーちゃん達。こんなところで何してるんだぁ?」
下品な声が背後から聞こえて、夏樹はハッと振り返った。
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