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夏休み編『第30話』

「この間もあったよな……。俺が仕事してる間に、夏樹が教室でマワされてたこと」 「……それは言わないでくださいよ。せっかく忘れかけてたのに」 「……悪い。でも俺は忘れられないんだ。二度と同じ目には遭わせないって誓ったのに、また同じようなことになっちゃって……」 「それは……」 「俺、夏樹の恋人失格かもしれないな……」 「はい……?」  あまりの台詞に思わず聞き返してしまう。  どうもおかしい。普段の市川ならこんな弱音は吐かない。  なんでそんなに自分を責めるんだろう。市川にはさほどの責任はないのに。ただちょっと運が悪くて、変な時に変な男たちに絡まれてしまった……それだけのことなのに。 「言い訳させてもらうならさ……名前なんてたいした問題じゃないと思ってたんだ」  と、市川が話を続ける。 「どんな風に呼ばれようと、俺は俺だろ。『市川先生』だろうが『健介』だろうが『変態教師』だろうが、それは全部俺のことだ。俺にとっては些細な問題だったんだよ」 「先生……」 「でも、最初からちゃんと話しておかなかったのは俺の怠慢だった。そのせいでお前をこんな目に遭わせちまった。ごめんな、夏樹……本当にすまなかった」 「……謝らないでください、これ以上は」  市川を黙らせるように、夏樹もギュッと抱擁を返した。  この人が好き。かっこよくて優しくて喧嘩も強くて、意外となんでもできる先生が好き。  かなりの変態だし秘密も多いけど、夏樹にとって市川は――颯爽と助けに来てくれた彼は、間違いなく王子様だった。  だからそんなに自分を責めないで欲しい。そんなことされたら、夏樹の方が悲しくなってしまう。

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